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テレホンメッセージ「聖書の人間理解」(50)旧約聖書創世記第6章以下の、「ノアの箱舟」の話を読みながら、聖書の人間理解についてお話ししています。 ノアとその家族、そして全ての動物たちの中から選ばれた雄と雌が箱舟に入った時、大洪水が起こり、水が地上を覆い尽くし、全ての生き物は滅ぼされてしまいました。それは前回申しましたように、混沌の力が世界を覆ったということです。その水は150日の間地を覆ったと書かれています。その後、水は引き始め、箱舟はある山の上に着きました。 地がすっかり乾いた時、ノアとその家族、動物たちは箱舟を出ました。その時ノアがまっさきにしたことは、神様を礼拝することでした。人々の罪に対する神様の怒りによって、地は混沌の波にのまれ、全ての者が滅ぼされてしまった。その中で、ノアたちだけが神様の恵みを得て救われたのです。それはノアにとって、「やれやれ助かってよかった」というような話ではありません。むしろ彼は滅ぼされた全ての人々の代表として、神様の前に、罪を悔い改め、改めて神のみ心に従って生きる決意をしたのです。神様の救いにあずかるというのはそういうことです。自分だけは救われてよかった、という思いは、本当の救いからは出てこないのです。 この礼拝において、神様は、彼ら箱舟から出た者たちに対して、一つの約束をして下さいました。それは、もう二度と、洪水によって地を滅ぼすようなことはしない、ということです。このような洪水は、後にも先にも、この一回きりで終わり、ということを、神様は宣言し、約束なさったのです。ここに、ノアの箱舟の物語の結論があります。つまりこの物語は、神様はかつて人間の罪に対して怒り、洪水をもって世を滅ぼされた。しかし、そのようなことは二度としないと約束して下さった、ということを語っているのです。この物語を読む私たちは、罪を犯したらまたこのような洪水が起こって、混沌の力によって滅ぼされてしまうかもしれない、という危機を覚えるのではなくて、この世界は、神様の約束によって支えられている、罪のゆえに世界が混沌に飲み込まれ、滅ぼされてしまうことはもはやない、という確信に生きるのです。それが、聖書の人間理解、この世界についての理解の根本なのです。
牧師 藤 掛 順 一 |
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