富山鹿島町教会
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テレホンメッセージ

「救いの歴史」(59)

 「救いの歴史」と題して、旧約聖書出エジプト記についてのお話をしています。イスラエルの民をなかなか去らせようとしないエジプト王ファラオに対して、神様は最後に決定的な災いを下されました。出エジプト記12章29〜30節です。
「真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起った」
初子とは、最初に生まれた男性あるいは雄の子供です。それが全て撃ち殺されたのです。しかしその時、イスラエル人の家では何も起りませんでした。神様は、イスラエル人の家には、それとわかる目印をつけさせたのです。同じ12章の21〜23節を読んでみます。
「モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。『さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである』」

 このように、イスラエル人の家では、羊が屠られ、その血が戸口に塗られ、それが目印になったのです。この羊のことが、「過越の犠牲」と呼ばれています。その血の印を見て、エジプト中の初子を撃ち殺すために神様から遣わされた「滅ぼす者」が、その家を過ぎ越す、何もせずに通り過ぎる、そのようにしてイスラエル人は災いから救われる、そのための犠牲となったのがこの羊なのです。この過越の小羊の犠牲によって、イスラエルの民は、エジプトの奴隷状態から解放されたのです。この出来事から、イスラエルにおける最も大事な祭が生まれました。「過越の祭」です。家ごとに「過越の小羊」が屠られ、その血が戸口に塗られ、その肉を中心とする食事を、家族が揃って、祈りと共に食べるのです。この「過越の祭」を毎年行うことによって、イスラエルの人々は、神様がエジプトにおける奴隷状態から自分たちを救って下さったことを記念し、感謝していったのです。

牧師 藤 掛 順 一
[2001年8月6日〜8月19日]

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