富山鹿島町教会

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「ナルニア国物語」について 第47回

6.「魔術師のおい」(12)

 牧師 藤掛順一


 「このリンゴの木の香りが、魔女には死とおそれと絶望にあたる」というアスランの言葉を聞いてディゴリーたちは不安に思いました。魔女もこのリンゴの実を食べてしまったことを思い出したからです。しかしアスランは言いました。
「だからこそ、残ったリンゴはすべて、あの者にとっておそろしいものになってしまったのだよ。時と方法をあやまってあの木の実をもぎとってたべた者は、みな同じ目にあう。木の実はよいものだのに、そのさきいつまでもいみきらうことになるのだよ。」
 「善悪の知識の木の実」(創世記第三章)は本当は良いものであるはずです。しかしそれを神に背いて、自分の思いで食べてしまったことによって、人間は楽園を喪失したのです。
   しかし、あのリンゴの実を食べた魔女が不老不死の身になったことは確かでした。それについてアスランはこう言います。「魔女はその心の欲をみたした。女神のように、うむことのない力とつきないいのちを得た。しかしいまわしい心をいだいて生きながらえることは、苦しみがそれだけ長びくことだ。魔女もすでにそのことをさとりはじめている。ほしいものは何でも手に入る。ところがそれが、いつまでもすきでいられるとはかぎらないのだ。」
 ディゴリーは、魔女がそのリンゴを母親に食べさせてやれと誘惑したことを話しました。アスランはこう言います。「あんたのおかあさんはそのリンゴで病気がなおるだろう。なおるが、あんたもおかあさんも、ちっともうれしくないだろう。ふたりで過去をふりかえり、いっそあの病気で死んでしまった方がよかったという時がきっとくるものだ。」 「不老不死」にしても、「病気がなおること」にしても、それ自体はよいことであるはずです。しかしそのよいことも、アスラン=神との正しい関係の中で与えられるのでなければ、人を本当に幸せにするものではないのです。このリンゴを、「科学技術」になぞらえて考えることもできるでしょう。それは人間に幸福をもたらす手段にもなれば、悪魔の道具にもなるのです。
 ディゴリーはもうすっかり、お母さんの病気をなおすものを手に入れることをあきらめました。しかしアスランは、「わが子よ、これは、リンゴをぬすんでたべれば、きっとこうなっただろうという話だ。これからおこることとはちがうのだよ。わたしが今あんたに与えるものは、喜びをもたらすだろう。それはあんたたちの世界では、つきないいのちをめぐみはしないが、病気はなおる。さあ、あの木からリンゴを一つもいでおいで」と言いました。ディゴリーが、涙を流しつつ誘惑と戦って持ち帰り、アスランの命令によって植え、またたく間に大きく育ったリンゴの木。ナルニアを守るその木の実こそが、お母さんの病気を癒すものだったのです。そしてそれは、自分で獲得しようとして得られるものではなく、アスランの、神の恵みによってのみ与えられるものだったのです。
 アスランは彼らをもとの世界に戻すにあたり、あの「世界と世界の間の林」において、一つの池の水がなくなっているのを見せました。それはチャーンの世界だった池の跡でした。「あの世界は終ってしまったのだよ。はじめからなかったように、なくなってしまった。アダムとイブのすえ、人間たちは、このことをいましめと考えてほしいのだ。」「はい、アスラン。」とふたりの子どもたちはいいました。けれどポリーがつけ加えました。「でもわたしたちの世界はあの世界ほど悪くはありませんわね、そうでしょ、アスラン?」「今のところはまだそれほど悪くはない、イブのむすめよ。」とアスラン。「今のところは、ね。しかしだんだんあの世界のようになってきている。あんたたちの種族のうちのだれか悪いやつが、いつかほろびの言葉のようないまわしい秘密を発見して、すべての生きものをほろぼすためにそれを用いないともかぎらない。そしてまもなく、もうすぐ、あんたたちがおじいさん、おばあさんになるまでに、その世界のいつくかの大国は、女帝ジェイディスにおとらず、喜びも正義も慈悲もいっこうに気にかけない暴君たちによって支配されることになろう。」この言葉が二十世紀の世界の歴史を指して言われていることは明らかです。私たちの世界における「ほろびの言葉」、それは核兵器です。私たちの世界が、チャーンの都のようになり、核戦争で滅びていく、そんなことにならないようにという願いのメッセージを、ルイスはこの物語を通して子供たちに送っているのです。
 アスランがくれたリンゴのおかげで、お母さんの病気もなおりました。ディゴリーたちはそのリンゴの芯を庭に埋めました。そこから芽が出て、立派なリンゴの木に成長していきました。インドに行っていたお父さんからは、大伯父に当る「カークおじいさん」が亡くなり、その遺産を相続することになったと知らせが届きました。そう、ディゴリーの苗字は「カーク」だったのです。彼は後に立派な学者「カーク教授」になりました。あのリンゴの木が嵐で倒れた時、ディゴリーはその材木で衣装だんすを作らせ、田舎の屋敷に置きました。その衣装だんすを通って、ルーシィたち四人のきょうだいがナルニアへ行くことになったのです。つまり、「ライオンと魔女」に出てくる「老学者先生」こそ、ディゴリーその人だったのです。彼が「別の世界などない、とどうして言えるのか」と語ったことの背後には、ナルニアの建国に立ち会った自らの経験があったのです。
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