富山鹿島町教会

礼拝説教

「罪人を招くために来られた主イエス」
イザヤ書 44章21~23節
マルコによる福音書 2章13~17節
テモテへの手紙 一 1章12~17節

小堀 康彦牧師

1.罪人の頭
 使徒パウロは、我が子のように愛していた同労者のテモテに宛てた手紙において、こう告げました。「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。」(テモテへの手紙一1章15節)ここでパウロは、自分のことを「罪人の中で最たる者」と言っております。口語訳では、「罪人の頭」と訳されていました。ギリシャ語を直訳すれば、「罪人の第一の者」となります。新約聖書の四分の一は、パウロが書いた手紙によって占められています。パウロほど、後のキリストの教会に影響を与えた人はいない。そう言っても良いほどの人です。そのパウロが、自分は罪人の頭だ、罪人の第一の者だと言うのです。何もパウロは、私共と比べてとんでもない悪人であったということではありません。罪人であるということは、人と比べてどうのこうのという話ではないのです。しかしパウロは、そんなことは百も承知の上で、自分は罪人の頭だ、罪人の第一の者だと言わざるを得なかった。それは、自分のような者は決して救われるはずの無い者だ、神様の御前に出て誇れる所など何一つ無い者だということを、パウロがよくよく分かっていたからなのです。そのような自分が、神様の御用に仕える者として歩ませていただいている。それは、ただ主イエス・キリストが私を憐れんでくださり、選んでくださり、出会ってくださり、救いに与らせていただいたからだ。実に「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実だ。本当のことだ。このキリストに救われた罪人、それが私なのだ。そうパウロは言うのです。
 多分この「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は、当時の教会の礼拝の中でいつも告げられていた、皆が知っている言葉だったのだと思います。パウロは伝道者ですから、この言葉を礼拝の中で告げる側にいたと思います。そして彼はこの言葉を告げるたび、「これは私のことだ。」「本当のことだ。」と受け止めながら告げていたのでありましょう。

2.ファリサイ派から主イエスの弟子に
 ここでパウロは自分のことを、こう申しております。13~14節「以前、わたしは神を冒瀆する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。」パウロはかつて、ユダヤ教のファリサイ派の人間として、律法を守り、その自分の正しさによって救われようとしていた人でした。イエス様をキリスト、救い主として信じるなどということは以ての外でした。彼は一生懸命、キリスト教徒たちを迫害して回ったのです。ところが、キリスト教徒を迫害するためにダマスコに向かっている途中で、パウロは復活のキリストと出会ってしまうのです。そして彼は回心し、主イエスの弟子となりました。使徒言行録9章に記されていることです。彼は生涯、この出来事によって新しくされた者、神様の赦しに与り神の子・神の僕とされた者として歩みました。神様の御前に誇るべき所など何一つ無い。ただキリストによって、ただ主イエスの十字架によって赦された。その恵み、その神様の愛、そこに生きたのです。それは、私共とて同じであります。私には何も無いのです。無くて良いのです。あるはずがないのです。私共の誇りは、自分の中には無いのです。何も無い私を神様は愛し、招き、神様の子・神様の僕としてくださった。このことが私共の誇りなのです。「誇る者は主を誇れ」です。
 宗教というものは厄介なものです。どの宗教も「これが真理だ」と語ります。そして、いつの間にか、その真理を知っている自分が、何か偉い者になったかのように錯覚するのです。まことに愚かな勘違いです。牧師などは最も勘違いしやすい。「先生」などと呼ばれ続けている内に、勘違いする。よくよく気をつけなければならないと思います。私共はそのような勘違いをしてはなりません。私共はただの罪人なのです。そのただの罪人を救うために、主イエスは来てくださったのです。

3.わたしに従いなさい
 今朝与えられておりますマルコによる福音書2章13節以下におきまして、イエス様は、徴税人であるアルファイの子レビに向かって「わたしに従いなさい。」と告げられ、御自分の弟子にされたということが記されております。13~14節「イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、『わたしに従いなさい。』と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。」イエス様は、御自分の周りに集まってきた人たちと一緒に歩きながら、教えを宣べておられたのかもしれません。そして、収税所に座っていた徴税人であるアルファイの子レビを見ました。チラッと見たのではありません。じっと見た。見つめたのです。そして、「わたしに従いなさい。」と告げました。彼は、立ち上がってイエス様に従いました。つまり、徴税人としての仕事を辞めて、主イエスに従ったのです。これは、1章16節以下にあります、シモンとアンデレ、ヤコブとヨハネが召し出された時と同じです。聖書は、アルファイの子レビが、どのような心の動きの中で主イエスに従うようになったのか、何も記していません。小説家ならばいろいろと描写する所でしょう。しかし、聖書はそんなことに興味はないのです。私共も、この時の彼の心の動きや、どうして仕事を放り出したのかといったことに、想像をたくましくするのはやめた方が良いと思います。そうではなくて、イエス様の召しとはこういうものだと受け止めた方が良いでしょう。神様に召されるとはこういうことなのです。神様に召された者は、それを退けるなどということは出来ないのです。

4.徴税人
 ただ、ここでアルファイの子レビが就いていた徴税人とはどういうものであったか、当時どのような人として見られていたのか、このことは確認しておいた方が良いでしょう。徴税人、口語訳では取税人でしたが、これは文字を見れば明らかなように、税金を集める人、税金を徴収する人です。しかし、現代の日本の税務署の職員のようなものと考えては間違います。当時ユダヤはローマ帝国の支配の下にあったわけですが、ローマはこの税金を集めるという業務を完全民間委託したのです。実に合理的です。支配する側である自分たちが、税金を徴収するのに、支配されている人間と直接関わらなくても良いようにしたのです。税金を取られるのは、いつの時代、どの国でも嫌なものです。まして、外国の支配を受けている者にとっては、最も反発を覚える時です。そこでローマは、自分たちに向けられる反発を、支配される側の人間に税金を徴収させることによって、直接向けさせないようにしたのです。具体的に言えば、その地域の税金を徴収する権利を落札させたのです。落札させることで、ローマはもう集めるべき税金を手に入れることになります。後は勝手にやってくれということです。この徴税する権利を落札した人が、徴税人の頭なのです。この徴税人の頭は、実際に徴税する人を雇って徴税します。この徴税人の頭に雇われていたのが、徴税人です。当時の税金の基本は人頭税です。何人働き人がいるかで税金が決まります。これは、あまり誤魔化せなかったでしょう。しかし、通行税がありました。通行税は、現代で言えば、高速道路の料金とか、港や飛行場の使用料のようなものでしょう。町に入って物を売る場合は荷車一つについていくら、港を使って物を運ぶ場合にはいくら、と徴税するわけです。それをするために、町の要所要所に収税所があり、徴税人がいたのです。徴税人の頭は、落札した金額以上に集めなければ自分の利益にならないわけですから、しっかり取り立てます。この徴税に逆らえば、それはローマに盾突いたことになります。徴税人たちは、ローマの権力を背景に、自分の懐を肥やしていたわけです。 当然、同胞である一般のユダヤ人たちからは忌み嫌われることとなります。十戒の第八の戒「盗んではならない。」、第十の戒「むさぼってはならない。」に反している。しかも、ローマという異邦人。この異邦人は神様も知らず、律法を守ることもしないので、決して救われることのない人、汚れた人とユダヤでは考えられておりました。その異邦人と接触する徴税人たちもまた、汚れた者と見られていたのです。つまり、徴税人は罪人の代表のような者であり、決して救われることの無い汚れた者、そう見られていたわけです。具体的な社会生活においては、一緒に食事をしない、裁判の証人として認めないということでありました。もっとはっきり言えば、一般のユダヤ人として、まともなユダヤ人として扱われない、そういう存在だったわけです。
 ところが、イエス様はこの徴税人のレビに、「わたしに従いなさい。」と言われ、御自分の弟子として召し出したのです。主イエスの周りには大勢の人がいたのですが、そういう人ではなくて、何故徴税人のレビだったのか、それはわかりません。ただ、はっきりしていることは、彼には神様に誇れるようなところは何も無かったということです。そして彼は主イエスに従い、弟子となった。このレビの姿は、後の使徒パウロと同じであり、私共ともまた同じなのです。

5.罪人・徴税人と一緒の食事
 さて、問題はここからです。イエス様の弟子となったレビは、イエス様を食事に招きます。先程も申しましたが、当時一般のユダヤ人は、徴税人と一緒に食事をするということはありませんでした。汚れがうつると思っていたからです。当時の食事というのは私共が考えている以上に宗教的意味を持っていたのです。一緒に食事をするということは、自分たちは同じ仲間であるということを意味したのです。この時の食事には、イエス様とその弟子たち以外に、一般のユダヤ人は多分いなかったと思います。しかし、聖書には、その場には多くの徴税人や罪人がいたと記しています。この罪人というのは、律法を守らない人、守れない人、また犯罪の前科がある人などもいたでしょう。いずれにせよ、当時のユダヤにおいて、一般の人たちから白い目で見られていた人たちでした。けれどもイエス様は、彼らと食事をすることに何の抵抗もなかったのです。抵抗がないどころか、御自分の仲間として受け入れられたのです。
 しかし、これを見ていたファリサイ派の律法学者は、なんということをするのか、とんでもないと思ったのです。16節「ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、『どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか』と言った。」とあります。彼らにしてみれば、救われようのない汚れた徴税人や罪人なんかとどうして一緒に食事するのか、そう思ったのでしょう。イエス様は「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」と宣べ伝えていたわけですが、このイエス様と徴税人や罪人との食事を見て、彼らはどこに神の国があるのか、そう思ったのです。しかしイエス様は、ここに既に神の国が来ているではないか、よく見なさい、そう示されたのでしょう。
 ファリサイ派というのは、元々「分離する」という意味の言葉から生まれたと言われています。律法を守らない汚れた者たちと自分たちは違うと言って分離するわけです。私は正しい。私は救われる。しかし、あなたがたは罪人であり、汚れており、救われることはない。そう思っていた。神の国とは、まさに自分たちのような正しい者たちのためにあるのであって、徴税人や罪人たちとは縁の無い所でなければならない。そう思っていたのです。しかしイエス様は、そうではないと言われるのです。17節「イエスはこれを聞いて言われた。『医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。』」とあります。イエス様はここで、徴税人や罪人に対して、罪が無いと言っているのではないのです。全くの罪人と言っているのです。しかし、その罪人を救うためにわたしは来たのだ、神様はその罪人を救うためにわたしを遣わされたのだと言われたのです。神の国の門は、正しい人だけのために開かれるのではなくて、罪人を赦し、罪人を招く神様の愛、神様の憐れみによって開かれるのだと告げられたのです。罪人を招くために、罪人に罪の赦しを与えるために、わたしは来た。私が来たということは、まさに神の国がここに来たということなのだと告げられたのです。
 医者を必要とするのは病人です。しかし、自分が病気だと思っていない人は、医者に助けを求めません。「私は医者が嫌いなので、病院には行かない。」という人が時々います。それは、その人が自分は病気ではないと考えているからです。自分が病気だと思ったのなら、好きだ嫌いだなどと言っていられないでしょう。病気だと思えば、好きだの嫌いだの言わずに、すぐに病院に行くはずです。徴税人たちは、自分は罪人であることを知っています。ですから、イエス様の招きを喜んで受けます。しかし、ファリサイ派の人は、自分は正しいと思い、自分は病人だとは思っていませんから、主イエスの招きなどいらないと思っている。罪の赦しなど必要ないと思っている。自分の力で天国の門を開くことが出来ると思っている。しかし、本当にそうなのでしょうか。神様の赦しを必要としていないほどに正しい人、完全に罪を犯したことのない人などいるのでしょうか。
 ファリサイ派の人は、自分たちは正しい者だと思っていました。彼らは、徴税人や罪人と自分たちとは違うと思っていました。ですから、イエス様がそのような人たちと一緒になって食事をし、神の国はここにもう来ているなどということは、決して認めることは出来なかったのです。もしそれを認めてしまえば、自分たちが一生懸命に律法を守っていることは無意味になってしまいます。そして、自分たちも徴税人たちと同じになってしまう。それは全く我慢出来ないことだったのです。彼らは自分の正しさに固執するあまり、罪人をも赦して招く、このあまりに大きな神様の憐れみを認めることが出来なかったのです。

6.罪赦されしただの罪人
 牧師をしていますと、時々こういう言葉を聞くことがあります。「教会に、私のような者が行っても良いのでしょうか。」私のような者というのが、どのような者なのか分かりませんけれど、教会には品行方正で、優しくて、愛に満ちた人が来るものだと思っているのかもしれません。このようなイメージは、明治以来の宣教師たちの姿や、私共の先輩のキリスト者たちの姿が築いてきたものなのだろうと思います。清く、正しく、優しいキリスト教者のイメージです。私は、このイメージはありがたいものだと思いますけれど、やっぱり誤解だと言わざるを得ないと思うのです。そのことをはっきりさせておきませんと、キリスト者自身がこのイメージを演じようとしてしまう、そういうことさえ起こりかねないと思います。その結果、いつの間にかキリスト者自身がファリサイ派のようになってしまい、「あの人は教会に相応しくない。」「この人はこれでもキリスト者か。」といったことを言い出しかねないのです。こんなことを言い始めたらもうダメです。
 良いですか皆さん。私共はどこまでも、ただイエス様に招いていただいた罪人に過ぎないのです。そして、そのことを知るが故に、「キリストの教会に相応しくない人など一人もいない。」そう、いつでもはっきりと弁えている者たちなのです。イエス様が、ユダヤ社会においてその人がどのように見られているかということを全く無視して罪人や徴税人たちと食事をしたように、私共もまた、その人の社会的な立場や、今までどのように生きてきたか、そのようなことは一切問わないし、問われないのです。それがキリストの教会です。その人がどのような人であっても、ただ神様の御前に自らの罪を認めてひれ伏す、この礼拝へと招いていくのです。あなたは神様に招かれています。神様に愛されています。そのことを告げていくのです。「私のような者が良いのでしょうか。」と問われたら、私共はいつでも誰に対してもはっきりと「良いのです。」と答えるのです。そして、パウロのように、「私のような者さえ招かれたのです。罪を赦していただいたのです。だから大丈夫です。新しくされます。神様がそうしてくださいます。そのために招いてくださっているのですから、一緒に礼拝しましょう。」そう告げるのです。私共は、このイエス様の愛と憐れみと恵みを受けた証人として立っているのですから。

[2014年1月12日]

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