主イエスは十字架への歩みを始められました。総督ピラトの元からエルサレム郊外の処刑場、ギリシャ語でゴルゴタの丘、ラテン語でカルヴァリの丘、日本語でしゃれこうべの丘と呼ばれる所への歩みです。主イエス自ら十字架を背負って歩み出しました。聖書はこの主イエスの十字架への歩みについて、それ程詳しく記しているわけではありません。たった二つのことが記されているだけです。一つは、シモンというキレネ人が途中から主イエスの十字架を背負わされたこと。もう一つは、嘆く婦人たちに声をかけられたこと。この二つです。この二つには主イエスが十字架におかかりになることの意味が示されているように思われます。そしてこの二つの出来事には、主イエスの今までの歩み、お語りになられたことや為されたことの総括とでも言うべきことが示されているように思われてなりません。と言いますのは、主イエスの十字架への歩みは、この時に始まったわけではないからです。主イエスがマリアから生まれた時、あのクリスマスの時から主イエスの十字架への歩みは始まっていたのでしょう。主イエスの今までの歩みは、全てこの十字架に向かっての歩みであった。その意味で、この十字架への歩みにおいて記されている二つの出来事は、今までの主イエスの歩みの全てを指し示している、そのように思うのです。
第一の点、主イエスの十字架がキレネ人シモンに背負わされたということ。ここには、主イエスの弟子たる者の姿が指し示されています。
実際には、この時主イエスの弟子たちは皆逃げてしまっていたわけです。そうであるが故になおさら、主イエスの弟子たちはこの時のキレネ人シモンの姿に、自分たちの本来あるべき姿を見ていたのではないか、そう思うのです。主イエスは「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」(ルカによる福音書14章27節)と言われました。この主イエスの御言葉通りに、主イエスが十字架への歩みを為された時に十字架を背負って歩んだのが、このキレネ人シモンだったのです。キレネ人シモンのこの時の意識とは別に、主イエスの弟子たちはここに自分たちの本来あるべき姿を見ていたということは間違いないでしょう。代々の聖徒達も、そのようにこの場面を見てきたのだと思うのです。
キレネ人シモン。キレネというのは北アフリカにあった、現在のリビアのトリポリの近くの町です。当時、アレキサンドリアと並んで、ユダヤ人の多い町であったと言われています。地中海の半ばにある北アフリカの地。エルサレムから決して近い所ではありません。きっと何度も船を乗り継ぎながら来たのでしょう。ローマ帝国内に散っていたユダヤ人にとっては、生涯に一度はエルサレムに巡礼したいというのが夢でした。きっとこのシモンも、そんな思いの中で、過越の祭りに合わせてエルサレムに来ていたのだろうと思います。当時の処刑というのは見せしめの為にやるわけですから、エルサレムで人通りの多い所をわざわざ選んで、主イエスは歩かされたに違いありません。この時、キレネ人シモンは、自分から望んで主イエスの十字架を担ぐ姿を見たいと思ったわけではなかったと思います。たまたま、自分がいた所に主イエスが十字架を背負って歩かされて来た。そういうことだったのだと思います。そして、こともあろうか自分が、処刑される主イエスの十字架を背負わされ、主イエスの後ろからついて行くことになってしまったのです。多分、主イエスがちょうどキレネ人シモンの所に来た時に、力尽きたように倒れるか、よろけるかしたのでしょう。そして、主イエスの前後にいたローマ兵がキレネ人シモンに目を付け、主イエスに代わって十字架を背負わせたのです。たまたま目が合ってしまったのかもしれませんし、キレネ人シモンの体格が良くてローマ兵の目に留まったのかもしれません。いずれにせよ、彼にしてみれば災難以外の何ものでもなかったと思います。そんなつもりでエルサレムに来たのではないのですから。しかし、このことがこの人の人生を変えてしまうことになったのです。
このキレネ人シモンという人は、後にキリスト者になったと考えられています。ここに名前が記されているというのは、そういうことです。マルコによる福音書15章21節には、もっと丁寧に、「アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人」と記されています。このような書き方は不自然でしょう。どうして主イエスの十字架を担いで歩いただけの人の名を、その息子達の名前にまで言及して書かねばならないのか。これは明らかに、アレクサンドロとルフォスという人が福音書が書かれた当時、教会では知られた人であったということを示しています。つまり、このキレネ人のシモンは、主イエスの十字架を背負わされることによって主イエスとの関わりが出来てしまい、そして信仰を与えられ、更に息子たちもキリスト者となったということなのであります。
ここには、主イエスの弟子となるということがどういうことなのか、主イエスの弟子として生きるとはどういうことなのかが示されているのでしょう。自分から進んで、喜んでするのではなくても、主イエスの十字架を背負う、自分の十字架として背負う。ここにキリスト者としての道があるということなのであります。自分の十字架とは、よく日本語でも使われるような、自分の苦しさ、困難、逃れることの出来ないしんどさ、それらを指しているのではありません。自分の十字架とは、主イエスが背負う十字架を自分の十字架として背負うということです。主イエスと関わりない所で自分がつらく苦しくても、それが自分の十字架というわけではないのです。
私の友人の牧師に、神学校に入る前に福祉施設の職員として働いていた人がいます。老人福祉の施設であったようですが、彼は入所者の下の世話が嫌で仕方がなかったそうです。そういう思いをもって日曜日の礼拝に通っていた。そのような中である日曜日、説教の中で、「あなたがたは、キリストの愛の道具として人々に仕えなければならない。そのような者としてここから遣わされて行くのです。」そう告げられたのだそうです。その時彼は、自分の思いを神様に見透かされたように感じたそうです。そして、初めて自分の仕事がキリストの愛の道具となることであることが判った。今まで何度も聞いていた、「キリストに従う」ということは、自分の目の前にいる具体的な人に、キリストの愛の道具として仕えることだという事が初めて分かった。そして、それまでは嫌で仕方がなかった下の世話が嫌でなくなった。と言っていたのを聞いたことがあります。
親は自分の子の為に、心を痛めることがあります。いや、親であれば誰でも一度や二度は、我が子の為に、つらい、明日が見えない時を過ごさなければならないことがあるものでしょう。それは、愛の故のつらさであります。そうである以上、その辛さもまたキリストの十字架であり、私共の十字架なのでありましょう。
しかし、ここで私共が心に覚えておかなければならないことは、私共が愛の故の十字架、キリストの十字架を背負って歩んでいる時、その前には主イエス・キリストがおられるということです。キレネ人のシモンは、一人で、主イエスと関わりのない所で十字架を背負ったのではないのです。彼は主イエスの十字架を背負い、主イエスの後について行ったのです。彼の前には主イエスがおられたのです。私共が背負う十字架は、神の愛のしるしとしての十字架です。神様の愛の道具として用いられ、立てられる時、私共は主イエスの十字架を自分の十字架として背負っているのです。そして、その私共の前には、いつも主イエス・キリスト御自身が歩んで下さっているのです。
さて、第二の点です。主イエスが婦人達に語られた言葉には、悔い改めの求めと主イエスの招きが告げられています。
27節を見ますと「民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。」とあります。ここには、主イエスの十字架への歩みに、大きな群れとなる程の民衆と嘆き悲しむ婦人たちがついて行ったと記されています。ここで「民衆」というのは、野次馬と考えて良いでしょう。主イエスが十字架におかかりになることが決まった時に、「十字架につけよ。」と叫んだ人々であったかもしれません。問題は「嘆き悲しむ婦人たち」です。これについての理解は、真っ二つに分かれます。主イエスを慕う婦人たち、もっとはっきり言えば主イエスの女性の弟子たちと読むか、それともただの野次馬で処刑される人に同情しているだけ、もっと言えば葬式の時には必ず付いていた「泣き女」と読む。正反対の解釈です。私はこのように解釈が分かれる場合は、どちらでもあり得るのですから、こだわらない方が良いと思っています。
大切なのは、この女性たちに対して語られた主イエスの御言葉です。主イエスは言われます。28節「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。」これはどういう意味なのでしょうか。主イエスはここで、「わたしに同情はいらない。わたしが求めるのは悔い改めの涙なのだ。」そう言われたのだと思います。この時、嘆き悲しんでいる婦人たちは、それが野次馬であったとしても、女の弟子であったとしても、主イエスの為におかわいそうに、なんてひどいことを、そう思って嘆き悲しんでいたのでしょう。十字架におかかりになる主イエスはかわいそう、しかし私は大丈夫、というわけです。しかし主イエスはここで、旧約聖書のホセア書の預言を引用して、エルサレムの滅びを語るのです。30節の「そのとき、人々は山に向かっては、『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、丘に向かっては、『我々を覆ってくれ』と言い始める。」とは、人々がもう死んだ方がましだ、そう言わざるを得ない悲惨な状況に至る時が来るということでありましょう。31節の「『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。」ですが、「生の木」とは主イエス御自身、あるいはイスラエルを指すと考えられます。「枯れた木」とは、私共あるいは異邦人と指すと考えられます。つまり、主イエスさえ十字架にかかるのだから、罪人であるあなたたちは一体どうなるだろうか、あるいは神の民イスラエルでさえこうなるのならば、異邦人は一体どうなるのかということでしょう。
先程、哀歌の2章をお読みいたしました。これは主イエスがここで直接引用された所ではありませんけれど、バビロン捕囚に遭ったエルサレムがバビロンによって滅ぼされた時の悲惨さを語ったものです。ここで告げられている光景はまことに悲惨なものです。街は焼かれ、幼児は飢えて死にしていく。聖書はあのバビロン捕囚という出来事を神様の裁きの時として記しました。そして、主イエスもここで神様の裁きに目を向けよと告げているのです。この主イエスの預言は紀元後70年に起きたローマ帝国によるエルサレムの崩壊を預言していると読む人もいますが、それだけを主イエスはお語りになろうとしたのではないでしょう。主イエスはここで、あなたがたは悔い改めないのならば、エルサレムがバビロン滅ぼされた時のような、厳しい神様の裁きに遭わなければならない。だから、悔い改めよ。そう告げられたのです。主イエスのクリスマスから十字架に至る歩みの中で語られていたことも、このことに尽きるのです。「悔い改めよ」です。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信ぜよ。」なのです。
あなたがたは、自分は安全な所にいると思っている。だから、わたしに向かって同情し、わたしの為に嘆いている。しかし、そうではないのだ。本当に嘆かなければならないのは、神様の裁きの剣が振り下ろされるあなたがた自身であり、あなたがたの子なのだ。だから、自分の為に嘆け。そして、それに気付いたなら悔い改めよ。そう告げられたのであります。
私共は人のことはよく見えるものです。他人に対しての批判には雄弁になるものです。しかし、自分のことになると本当に疎いのです。他人への批判は鋭く、それは当を得ている時も多い。しかし、自分のことが分からない。特に、自分の間違い、自分の罪ということになると、本当に疎いのです。しかし主イエスはそこを見よと言われた。しかも、御自身が十字架へと歩んで行かれる最後の言葉としてお語りになった。それは、十字架へと歩む御自身の姿に、わたしの為に嘆き悲しむ人々よ、あなたの姿があるのだ、あなたの子供たちの姿があるのだ、このことを悟れ、そして悔い改めよ。そう告げられたということなのであります。
主イエスはここで、脅しているのではありません。お前たちの上に、もう死んだ方が良いと言いたくなる程の悲惨な厳しい神様の裁きがあるのだ。そう言って脅しているのではないのです。そうではなくて、招いているのです。あなたがたが受けなければならない神様の裁きを、今わたしが代わって負っている。だから安心して悔い改めよ。悔い改めて、わたしが代わって負った神様の裁きの故に与えられる赦しの中を生きよ。そう招いておられるのであります。主イエスの為にこの時嘆き悲しんだ婦人たちは、この主イエスの苦しみと自分たちとを関係ないものと思っている。しかし、主イエスは、自分の為に嘆き悲しんでいる人の為に、その人に代わって、神様の裁きを身に受けておられたのです。
私は最初に、キレネ人シモンが主イエスの弟子の本来あるべき姿であったと申しました。私共も又、このシモンのように、主イエスの後に従って、主イエスの十字架を背負う者として歩んでまいりたいと思う。しかしそれは、私共の信仰深さや、私共の勇気や、私共の熱心によって為されるのではないのです。そうではなくて、この主イエスの十字架への歩みを心に刻むことによって生まれてくる歩みなのです。私の為に、私に代わって、神様の裁きの苦しみを担われた主イエス。この主イエスの姿に出会う時、私共は本当の自分の姿を知らされるのです。人のことを偉そうに批判している自分が、本当は神様の裁きの前に滅びるしかない者であることを知るのです。主イエスは、その私共の本当の姿を、ここで自らの苦しみの姿をもって、私共に見せて下さったのです。そして、この本当の姿に私共が気付き、悔い改める時、私共の裁きを担って下さった主イエス・キリストの歩みに自分も従っていきたい、そういう願いが私共の中に生まれるのであります。悔い改めと召命とは一つながりのことなのです。
宗教改革者ルターは、「主が悔い改めを私共に求めたのは、ただ一度の悔い改めではなく、生涯悔い改めることを求められたのだ。」と申しました。私共は生涯自らの罪を悔い改め、そして生涯新しく召命をいただき続けるのです。今週一週間、私共は自らの姿を主イエスの十字架の上に見出し、私共に代わって神の裁きを受けられた主イエスに感謝し、この方の愛の道具として、主イエスの後を歩んでいく者でありたいと心から願うのであります。
[2008年6月29日]
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