富山鹿島町教会

礼拝説教

「最後の晩餐」
出エジプト記 12章43〜50節
ルカによる福音書 22章7〜23節

小堀 康彦牧師

 ルカによる福音書を共々に読み進んで来まして、今日は最後の晩餐の場面までやって来ました。私共は「最後の晩餐」というと、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた絵などをすぐに思い起こします。私はまだ教会に来ていない頃、「最後の晩餐」というのは、単に主イエスが弟子たちと最後に食べた夕食というぐらいにしか考えたことがありませんでした。死ぬ前に食べる最後の食事なのだから、きっと豪華な食事だったのだろうぐらいに考えておりました。何故、「最後の晩餐」の場面を描いた絵が教会にあるのかを考えたこともありませんでした。しかし、教会に通い、信仰が与えられ、洗礼を受けて聖餐に与るようになってから、この「最後の晩餐」の出来事がどうして教会において大切にされてきたのか、その理由が分かるようになりました。教会は聖餐に与るたびごとに、この「最後の晩餐」の場面を思い起こし、主イエスが弟子たちと食事をされた時のように、主イエスは今、自分たちと共におられること。このパンと杯に与ることによって、主イエス・キリストの肉と血潮に与る、キリストの命に与る恵みを心に刻んできたのだということを知るようになりました。
 少し変な言い方ですが、私は聖餐が大好きなのです。毎週の礼拝において守られたら良いのにと思っている程です。聖餐に与る。このことの中に、私共が神様から受ける救いの恵みの全てがあるからです。自分が救われていること、キリストと一つとされていること、キリストが私と共におられること、私共が一つの命に共に与る兄弟姉妹であること、私には永遠の命が備えられていること、私の罪が赦され神様の子とされていること、私共がどこを目指して生きている者であるかということ、神様がどんなに私を愛して下さっているかということ。これらのことが、聖餐に与ることによってリアルに私の中に入って来るのです。キリスト者であるということは、この聖餐に与る者であるということなのだと思うのです。聖餐に与り続けることによって、私共はキリスト者であり続けるのです。この聖餐において、私共は主イエス・キリストの御臨在に触れ、キリストの命に与り、キリストと共に生きる者とされ続けるのです。
 先週、週報にありますように、お二人の方の家を訪ねまして、何人かの教会員の方々と共に聖餐に与りました。様々な事情の中で、主の日の礼拝に集うことが出来ない方を尋ね、共に聖餐に与る。体が弱くなれば、気も弱くなるのが私共です。しかし、共に聖餐に与ることによって、あなたはキリスト者なのだ、キリストのものとされているのだ、キリストはあなたを愛している、そのキリストの愛を受け取るのです。私のこの教会の牧会者としての思いの一つはこういうことです。この教会に集う教会員を死ぬまで聖餐に与る者であり続けさせること、キリストの愛の中に留まり続ける者であらしめるということです。入院しようと、施設に入ろうと、遠方に行こうとです。教会は教会員が聖餐に与ることが出来る為に、出来る限りの努力をします。ただ、ここで覚えておいていただきたいことは、この聖餐に与るということは、ただパンを食べ杯を飲めば良いということではないということです。パンはただのパンなのです。これをキリストの肉として受ける為には、私共の信仰がなければ意味がないのです。ですから、元気な時に、この礼拝に集い、聖餐に与り、この聖餐の恵みを心に深く刻んでおかなければならないのです。

 さて、今日与えられた聖書の個所において、主イエスが聖餐を制定された最後の晩餐は、過越の食事であったと記されております。過越の食事というのは、イスラエルの民が出エジプトの時に与えられた過越の出来事を記念する為に守られてきた食事でした。この過越の出来事というのは、エジプトの王が奴隷であったイスラエルの民を解放しようとしない。そこで神様は様々な災いをエジプトに下すのですが、それでもエジプトの王は心をかたくなにして、イスラエルの民を解放しない。そして遂に神様は、エジプト人の初子を皆、撃たれるということをなさった。しかし、イスラエルの民の家の鴨居と入口の二本の柱には羊の血を塗られ、それが目印となって神様の裁きが「過ぎ越し」ていった。エジプトの王はこの出来事によって、イスラエルの民がエジプトを出て行くのを認め、イスラエルの民はエジプトを脱出したという出来事です。この「過ぎ越し」の出来事によりイスラエルの民はエジプトの奴隷という境遇から解放され、神の民としての歩みが始まったのです。この過越の出来事を祝う為に、イスラエルの人々は毎年、この過越の祭りの中で過越の食事をしていたのです。主イエスが聖餐を判定された「最後の晩餐」は、この過越の食事であったと、聖書は告げているのです。
 過越の食事には、必ず羊が屠られることになっていました。災いが過ぎ越していく目印となる為に、羊が屠られ、その羊の血が塗られたからです。主イエスが十字架によって私共に与えて下さった救いというのは、まさに新しい過越の出来事であり、主イエス・キリスト御自身が、過越の羊となって下さったということなのであります。過越の羊の血が、神様の裁きが過ぎ越していく目印であったように、神の小羊である主イエス・キリストの十字架上での血が、私共の上に下される神様の裁きを過ぎ越させていくものとなったということなのであります。主イエスが20節で、「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」と言われているのは、そういうことであります。神様の裁きが過ぎ越していくという救いの出来事が、主イエスの十字架の血によって、新しい契約として神様と私共の間に立てられるということなのであります。その契約を覚え、代々の教会は聖餐に与って来たのであります。
 聖餐は契約の食事でありますから、まだその契約を結んでいない方、つまり洗礼を受けていない方は、これに与ることは出来ません。先程、出エジプト記12章の過越祭の規定をお読みしましたが、そこには、過越の犠牲として屠られた羊の肉を食べるという過越の食事のことが記されておりますが、この羊の肉は、「外国人はだれも過越しの犠牲を食べることはできない。」「無割礼の者は、だれもこれを食べることができない。」と聖書は告げております。それは、この食事は神の民の食事なのであり、契約の食事だったからです。聖餐もそうなのです。主イエス・キリストによってもたらされた、新しい神様との契約を覚える食事なのです。ですから、まだその契約を結んでいない方、つまり洗礼を受けていない方は、これに与ることは出来ないのです。
 この過ぎ越の食事の犠牲の羊の肉に対応するのが、聖餐のパンです。主イエス・キリストが犠牲の羊、神の小羊だからです。主イエスは神の小羊としてささげられ、その犠牲によって、私共の罪の身代わりとなって下さった。私共は、イスラエルの民が過越の食事において、その羊の肉を食することによって、過越の出来事を覚えたように、神の小羊であるキリストの肉であるパンを食べることによって、主イエス・キリストによる新しい過越の出来事、新しい契約を覚え、新しい神の民・イスラエルの一員とされていることを心に刻むのであります。それが、主イエスが19節で「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」と言われた意味であります。
 ここで、主イエスはパンを取り、「これはわたしの体である。」と言われました。「体のようなもの」とは言われなかった。確かに、パンはパンのままなのです。パンがキリストの肉に変化するわけではありません。しかし、私共が聖餐を守る時、主イエス・キリスト御自身が聖霊として、そこに現臨して下さっている。この現臨されるキリストによって、私共は信仰を与えられ、その信仰によってそのパンをキリストの体として受け取ることが出来るのであります。信仰がなければ、パンはただのパンなのです。しかし、信仰をもってキリストを仰ぎ、主イエス・キリストの十字架が、自分の罪の為であったことを知る者には、そこまで神様は私を愛して下さるかと感じ入った者には、あのパンはキリストの体そのものであり、キリストの赦し、キリストの命、キリストの祝福に与る、かけがえのない時となるのであります。
 このように、主イエスの最後の晩餐はただの食事ではなかったのです。極めて宗教的意味を持つ過越の食事だったのです。そしてその宗教的意味を、主イエスの十字架によってもたらされる新しい契約、新しい神の民の食事、新しい救いの到来を示すものとされ、主イエスは新しく聖餐を制定されたのです。

 この聖餐は、人間が定めたものではありません。主イエス・キリスト御自身が備え、定められたものです。ですから、私共は勝手に変えることは出来ません。主イエスは過越の食事を準備しなさいと言って、ペトロとヨハネを使いに出そうとされました。しかし、エルサレムの町は過越の祭りを祝う為に大勢の人が集まって来ています。どこで過越の食事をするのか、その場所を確保することが容易なことではなありませんでした。そこで二人の弟子が「どこに用意いたしましょうか。」と言うと、主イエスは不思議な答え方をします。10〜12節「都に入ると、水がめを運んでいる男に出会う。その人が入る家までついて行き、家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をする部屋はどこか」とあなたに言っています。』」水がめを運ぶのは、当時は女の人の仕事です。ですから、水がめを運ぶ男というのは、ちょうど女性の雑誌を読んで座っている人、胸に赤い花を挿している人というような、待ち合わせの為の目印だったのだと思います。二人の弟子が行ってみると、主イエスの言われたとおり、水がめを運ぶ男の人がおり、その人について行って家の主人に過越の食事をする所はどこかと言うと、主人は部屋に通してくれたのです。この部屋は、主イエスが既に備えて下さっていたのです。そして、弟子たちが過越の食事の用意をすると、主イエスはそれを全く新しい過越の食事、聖餐の制定の時とされたのです。過ぎ越の食事の部屋も、聖餐の制定も、弟子達が考え出したものではなく、主イエスがあらかじめ備えてくださっていたものなのです。ですから、私共は勝手にこれを変えることは出来ないし、そのようなことは私共には許されていないのです。
 主イエスは私共の弱さを知り、この目に見える救いの手段を与えてくださいました。それなのに、「私はこのようなものは必要ない」というのは、まことに傲慢でありましょう。私共は、この主イエスが定めてくださった聖餐を、ありがたく受け取っていきたいと思うのです。キリストの教会は、二千年の間、この聖餐を守り続ける共同体として立ち続けて来ました。確かに、私共の教会は、毎週聖餐を守っているわけではありません。毎月第一の主の日と、クリスマス、イースター、ペンテコステといった記念の礼拝で守るだけです。しかし、この礼拝の場には、必ず聖餐のテーブルがあるのです。聖餐のない時には、このテーブルは使わないのでしまっておく、そんなことはしないのです。何故なら、たとえ聖餐を守らない礼拝であったとしても、自分達は聖餐を守る共同体として礼拝を捧げている。そしてその事を心に刻むために、この聖餐のテーブルを囲むようにして、私共は礼拝を守っているからなのです。

 最近、日本基督教団の教会の中に、洗礼を受けていない人も聖餐に与らせる教会が出て来ていると聞きます。富山にはそのような教会はありませんが、私の前任地の地区にはそのような教会がありました。悲しいことです。確かに、私も洗礼を受ける前、自分の前を素通りしていくパンと杯に、何とも寂しい気がしたことを覚えています。しかし、この聖餐は契約の食事なのですから、この食事に与る者は、主イエスの救いの恵みを覚えると共に、主と共に生きていくという信仰、信仰の決断というべきものが求められるのです。聖餐に与ることにより、私共は主イエスの十字架によって与えられた救いの恵みに与る。それは、キリストの命によって与えられたものなのですから、信仰も決断もなくこれに与るということは出来ないでしょう。聖餐に与るとき、私共はこの聖餐によって示された罪の赦し、永遠の命に与る者として、キリストと共に生きていこう、そう新に心に刻むのでしょう。しかし、そのような決断を、初めて教会に来た人に求めることは出来ないし、それは大変失礼なことになるでしょう。勿論、神様の救いは洗礼を受けていない人に閉じられているわけではありません。ですから、私は洗礼を受けておらず、それ故にこの場におられながら聖餐に与ることの出来ない人のために、「聖霊を与え、信仰を与え、共々に聖餐に与る日を備えてください。」と祈るのです。聖餐に与る者は、誰にも強制されず、自由に信仰の決断をして洗礼を受けた者なのです。その自由な決断の中に、聖霊なる神様は働いておられると私共は信じております。そして、洗礼によって、神様と契約を結び、主イエスと結び合わされた者は、この聖餐によって洗礼による神様との契約を更新し、主イエスと一つにされている恵みの中を新しく歩み出すのです。この聖餐に与えられている救いの恵みの中に、私共は生涯留まり続ける者として歩んでまいりたい。心からそう願うのであります。

[2008年4月13日]

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