富山鹿島町教会

礼拝説教

「神の箱の帰還」
サムエル記上 第5章1〜7章1節
ルカによる福音書 第24章13〜35節

毎月第四の主の日に、旧約聖書サムエル記上よりみ言葉に聞いています。前回の8月は、第4章を読みました。そこには、イスラエルの民がペリシテ人との戦いに敗れ、神の箱を奪われてしまった、ということが語られていました。ペリシテ人というのは、イスラエルがその王国形成期に戦った最も手強い他民族です。彼らとの戦いの中でイスラエルはそれまでのゆるやかな部族連合体から、中央集権的な王国へと変わっていったのです。そしてこのペリシテ人との戦いに最終的に勝利したことによって、あのダビデ、ソロモンの王国の繁栄がもたらされたのです。しかし今私たちが読んでいるこのあたりではまだ、勝利どころか、ペリシテ人たちに完膚なきまでに打ちのめされてしまい、自分たちの陣営に迎えてあった、イスラエルの民にとって最も大事なものである「神の箱」を分捕られてしまう、という有様だったのです。

神の箱とは何でしょうか。それは、イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から主なる神様の力によって解放され、約束の地カナンへ向かって荒れ野を旅している時に、シナイ山で神様が与えて下さった十の戒め、いわゆる十戒を刻んだ石の板を入れた箱です。十戒は、神様からの単なる掟ではありません。神様は、イスラエルの民をエジプトの奴隷状態から救い出し、その大きな恵みにもとづいて、彼らと契約を結んで下さったのです。それは具体的には、主なる神がイスラエルの神となり、イスラエルが神の民となる、そういう特別な関係に入るということです。要するに、神様が、「わたしはあなたたちの神となる」と約束して下さったのです。その約束の印として、十戒が与えられたのでした。ですから十戒は、「これを守れば神様の救いにあずかれる」という条件ではなくて、「私たちは神様の救いにあずかる、神の民なのだ」ということを確認するための教えであり、また神の民としてどのように歩めばよいかを教える道しるべなのです。その十戒を入れた箱が神の箱です。従ってこの神の箱こそ、イスラエルの民にとって、主なる神様が自分たちの神として、自分たちと共にいて下さる、守り導いて下さることを象徴するものだったのです。そして実際この神の箱の純金でできた覆い、蓋の部分こそ、神様の座したもうところ、神様がそこにおられる場、というふうに考えられていたのです。ですからこの神の箱が聖所の中心に置かれ、そこに向かって犠牲が捧げられ、礼拝がなされていたのです。神の箱はイスラエルの民にとって、その信仰の中心であり、礼拝の中心でした。その神の箱を敵に奪われてしまったのですから、これはイスラエル始まって以来の、前代未聞のスキャンダルなのです。

どうしてそのようなことになってしまったのでしょうか。そんなに大事な、普段はシロという町の神殿の中に安置されている神の箱が、何故戦場のまん中にあったのでしょうか。それはイスラエルの人々が、ペリシテと戦うに際して、主なる神様に共にいていただき、守っていただき、その神様の力を借りて敵を打ち破ろうとしたからです。つまり、強力な敵と戦う大事な戦さに、神様にも出陣していただこうとしたのです。しかしこのことは、二重の意味で大きな間違いでした。第一に、神の箱をかついで来れば神様にも出陣していただける、と思ったことが間違いでした。神の箱は確かに、神様の座しておられる所、神様がそこにおられる場、と言われていましたけれども、それは、神様がその箱に付属していて、その箱をかついで来ればそれと共に自動的に神様をもかつぎ出すことができる、などというものではありません。神の箱とそこに納められている十戒の板は、神様がイスラエルの民と結んで下さった契約を象徴しているものです。神様はその契約の恵みにおいて、民と共にいて下さり、守り導いて下さるのです。主なる神がイスラエルの神であるというのは、神様がイスラエルの民の所有物になってしまったということではありません。神の箱はお神輿やご神体とは全く違うものなのです。彼らはそのことを誤解して、神の箱をかつぎ出せば神様をもかつぎ出すことができると思ってしまった、そこに第一の間違いがあるのです。そしてこのことは第二の、もっと深い間違いから生じていることです。それは、神様を、自分たちの思いや願い、必要に応じてかつぎ出そうとする、そのことがそもそも根本的な間違いだったのです。主なる神様は私たちの神だ、私たちは神の民だ、それが契約において与えられた恵みです。しかしそれは、神様を自分たちの思いや願いの実現のためにかつぎ出して利用することができるということではありません。それでは、主なる神はイスラエルの周囲の国々が拝んでいる偶像の神と変わることがなくなるのです。主なる神様は、神の像を造ることを十戒において固く禁じておられました。だからイスラエルには偶像はありませんでした。しかし彼らがここでしたことは、生ける神を偶像化することに他ならないのです。イスラエルの民はこのような二重の過ちを犯しました。その結果、戦いに無残に敗れ、神の箱を奪われてしまったのです。つまり彼らが期待したように、主なる神様は守ってくださらなかった、共にいて下さらなかった、むしろ主は彼らを、敵の手に渡し、敗北させられたのです。

さて本日の所はその後の話です。戦いに勝ったペリシテ人たちは、奪い取ったイスラエルの神の箱を、自分たちの神ダゴンの神殿に持っていきました。この神の箱こそ、このたびの戦さにおける最大の戦利品です。当時の戦いは、それぞれの民がいただく神どうしの戦いと考えられていました。ですから戦いに負けるということは、その神が相手の神に屈服したということです。イスラエルの神はペリシテの神ダゴンに屈服した、その何よりの印が、この神の箱です。ペリシテ人たちはそれをダゴンの前に、ダゴンへの捧げ物として奉納して勝利を祝ったのです。ところが翌朝になってみると、ダゴンの像は神の箱の前にうつぶせに倒れていました。うつぶせに伏すというのは、神様を拝む時の姿勢です。ですからこれはダゴンが神の箱を拝んでいる、という構図です。人々はどうしたんだろうと思いつつダゴンの像を元のように立たせました。ところが次の朝になると、ダゴンはまた倒れ伏しており、今度はその頭と両手が切り取られて別の所にあったのです。つまり、ダゴンがまったく無力な偶像に過ぎないということが明らかにされたのです。このことに加えて、5章6節には「主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした」とあります。それははれ物を生じさせる病気でした。また、6章からは、ねずみによる害ももたらされたことがわかります。このはれ物とねずみというのは、ねずみによって感染するペストだったのだろうと考える人もいます。いずれにせよ、神の箱が持ち込まれたアシュドドの町に大きな災いがひき起こされたのです。そして神の箱が移されていった先々の町で同じようなことが起こりました。それでペリシテ人たちは、5章11節にあるように「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう」と言い出したのです。

6章には、ペリシテの祭司と占い師たちがこのことに対してどのようにしたかが記されています。彼らは、自分たちに襲いかかっている災いを止めるために、その災いの中心である「はれ物」と「ねずみ」の模型を金で造ってそれを神に捧げることにしました。そして、神の箱とその捧げ物を車に乗せ、6章7節にあるように、「まだ軛をつけたことのない、乳を飲ませている雌牛二頭」をその車につなぎました。軛をつけたことがない、ということは、このような車を引かされたことがないということです。当然、この雌牛たちはいやがってちゃんと車を引こうとはしないでしょう。しかも、乳を飲ませている雌牛です。そしてその子牛は引き離されて小屋に戻されている、雌牛たちは何がなんでも子牛たちの所に行こうとするに違いありません。そういう状態を造りだしておいて、雌牛たちがどうするか成り行きに任せたのです。雌牛たちが車を引いてイスラエルの民の方へ行くならば、やはりこれは主なる神様が神の箱をイスラエルに返せと言っておられ、そのためにこの災いが起こっているということだ、というわけです。しかしここには、ペリシテの祭司や占い師の陰謀があります。今見たような状態にして成り行きに任せたら、雌牛たちは当然自分の小屋へ、子牛たちの所へ行こうとするに決まっています。そういうふうにしておいて、だからこの災いはイスラエルの神によることではない、神の箱をイスラエルに返す必要はない、と人々を説得しようという魂胆です。戦いに勝ったのに、自分たちの神ダゴンがイスラエルの神に逆に屈服するようなことは、彼らには耐えられなかったのです。

このような御膳立てが整えられて、雌牛たちの引く車が放たれました。すると全く予想に反して、12節「雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った。歩きながら鳴いたが、右にも左にもそれなかった」のです。ベト・シェメシュはイスラエルに属する町です。雌牛たちは自分の小屋へ帰ろうとするのではなく、そこへ向かってまっすぐに進んでいったのです。「歩きながら鳴いたが」とあります。これは、雌牛たちが自分の思いとは違う方向へと何かの力によって歩まされてしまっている、そのためにいやがって鳴いたのだ、とも言われます。本当は自分の小屋へ戻りたいのに、神様の力によって別の方向へ、イスラエルの方へと歩まされてしまったのです。こうして、神の箱はイスラエルに帰ってきました。イスラエルの人々は、その車を薪にし、引いてきた雌牛を焼き尽くす献げ物として、主なる神様を礼拝しました。

さて、この神の箱の帰還の話は何を語っているのでしょうか。イスラエルは戦いに敗れたけれども、主なる神様がペリシテの偶像ダゴンに敗れたわけではない。主なる神様は偶像の神ダゴンなど物ともせずに打ち破られるのだ、ということでしょうか。表面的にはそういうことが語られているように思えます。しかし、子細に見ていくと、これはもっと深いメッセージを持った話であることがわかってくると思います。まず第一に眼をひくのは、本日の5章以下と、4章との著しい対称です。5章以下では、神の箱がまことに大きな力を発揮して、主なる神様の力、勝利を示しています。ところが4章では、神の箱は何の力も発揮していません。神の箱を陣営に迎えたイスラエルはペリシテに打ち破られ、神の箱はペリシテの分捕り品になってしまうのです。戦いの時には力を発揮せず、負けて分捕り品になった途端に大きな力を発揮する、神の箱はそういう不思議な働きをしているのです。どうせなら、戦いの時から力を発揮してペリシテを打ち破ってくれればよいのに、というのが人間の自然な思いなのではないでしょうか。そうはならないところに、この話に込められた神様のメッセージがあります。イスラエルが戦いに敗れ、神の箱が奪われたのは、神様が弱かったからでも、力を発揮できなかったからでもなくて、神様ご自身がそうなさったのです。それは、イスラエルの人々に先程申しました間違いを悟らせるためでした。神の箱を持ってくれば神様の守りや助けが得られると思っている民に、神は一つの箱に縛りつけられているような方ではない、自由な主であることし示し、神を自分たちの都合のために用いることができるように思っている民の傲慢を主は打ち砕かれたのです。4章において神の箱が何の力をも発揮していないのはそのためです。一方5章以下の、神の箱がペリシテに分捕られてしまったという状況は、客観的に見れば、主なる神がペリシテの神ダゴンに敗北し、屈服したという状況です。ペリシテ人は勿論、イスラエルの民も、そのように思わざるを得ない、そういう状況の中で、主なる神様は、ご自分こそまことの神であられることを示されたのです。そして主はご自分の力で、神の箱をその本来あるべき所に、即ちイスラエルの民の中に戻されたのです。つまり5章以下の神の箱の帰還の話は、主なる神が、イスラエルの民との契約を再確認し、「私はイスラエルの神だ」と再び宣言して下さったということなのです。そのように見ていくと、ここには、主なる神様の、ご自分の民イスラエルの罪に対する裁きと、その赦し、救いが語られているということがわかります。神の箱が奪われたことはイスラエルに対する神の裁きであり、それが帰ってきたことは神の救いの恵みなのです。

そのような視点から、この裁きと救いのみ業がどのようになされたかということをもう一度ふりかえって見たいと思います。神の箱が奪われたことは、イスラエルへの裁きでした。民はこのことによって大きな苦しみと恥辱を受けたのです。しかしよく考えてみれば、ここで苦しみと恥辱を受けたのは、民のみではありません。神の箱が奪われ、ダゴンへの捧げ物とされた、そのことによって最も恥辱を受けているのは他ならぬ主なる神様です。主なる神がダゴンに敗れ、ダゴンのいわば捕虜になり、ダゴンの神殿でさらし者にされてしまったのです。それは丁度士師記に出てくるサムソンが、やはりペリシテ人に捕えられて眼をえぐられ、神殿でさらし者にされた、それと同じようなことです。主なる神のイスラエルの民への裁きは、主ご自身がこのような苦しみ、恥辱を受けるということを伴っているのです。主はイスラエルの民を苦しみをもって懲らしめ、その罪を悟らせようとなさるその時に、ご自身でその苦しみと恥辱を負われたのです。そして主なる神様はこの苦しみと恥辱の中から、ご自身のまことの神としての力で、立ち上り、敵をうち破って神の箱をイスラエルに戻されました。それが救いのみ業です。この救いのみ業は、全く神の力のみによって行われました。神の箱はまさにそれ自身の力によって帰還したのです。イスラエルの民が、奪われた神の箱を何とか奪還しようと計画し、努力して奪い返したのではないのです。民は敗北と神の箱が奪われたショックで茫然自失している間に、神様ご自身が力を発揮して、自らを苦しみと恥辱から解放し、民のところに帰って来られ、もう一度あなたがたの神となると宣言して下さったのです。ここが、偶像の神と生けるまことの神の違いです。偶像の神は、自分で自分を助けることができません。倒れ伏したダゴンは人に立たせてもらわなければ立ち上がることができないのです。しかし主なる神様は、苦しみと恥辱の中から、ご自分で立ち上がられる、そこに、神の民の救いがあるのです。

ここに描かれている神様の裁きと救いをこのように見てくると、私たちは、この神の箱の話と、主イエス・キリストの十字架と復活とが重なり合っていることに気づきます。主イエス・キリストの十字架は、私たちの罪に対する神様の裁きです。主イエスは十字架の上で「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました。それは、罪人である私たちが神様に裁かれ、捨てられる、その私たちが本来発するはずの叫びです。しかしその神様の裁きを、神の独り子、人間になって下さったまことの神主イエス・キリストが私たちに代わって受けて下さったのです。神の裁きを、神ご自身が引き受け、その苦しみを背負って下さったのです。この点で、神の箱が奪われたことと主イエスの十字架は重なり合うのです。そして主なる神様は、主イエスを、死者の中から復活させ、罪と死の力を打ち破って新しい命を与えて下さいました。それは神様がご自身の力で、神の箱をイスラエルに帰されたことと重なり合います。どちらも、人間の力や努力によることでは全くない、ただ神様の力によって与えられたことなのです。本日共に読まれた新約聖書の箇所は、ルカによる福音書第24章の、復活された主イエスが、エルサレムからエマオへと向かっていた二人の弟子たちにお姿を現わされたという箇所です。この二人の弟子たちは、主イエスこそ、イスラエルを救って下さる方だという期待を抱いていたのです。しかしその主イエスが、十字架にかけられて無残に殺されてしまった、その失望の中で彼らはエルサレムを離れていこうとしていたのでしょう。彼らは、主イエスの復活の知らせを既に受けていたのです。しかしそれを信じることができませんでした。そのような彼らの傍らに、復活された主イエスが来て、共に歩んで下さいます。彼らはそれでも、それが復活なさった主イエスであることがわかりません。主イエスはそのような彼らに、聖書を説き明かし、救い主キリストが、苦しみを受けることを通して栄光に入られることを示し、そしてついに彼らの眼を開いて復活の事実を示して下さいました。神の箱の帰還と同じように、主イエスの復活も、人間が失望と挫折の中にうち沈んでいる間に、神様が全てのことを成し遂げて下さったという出来事だったのです。神の箱に関するこのエピソードは、神様の裁きと救いの本質を描き出しています。そしてそれは、主イエス・キリストの十字架と復活による救いを指し示しているのです。

従ってこの話は、単に、ペリシテ人の神ダゴンは偶像であり、イスラエルの主なる神こそがまことの神だ、生けるまことの神である主は、どんな偶像よりも力があり、イスラエルはこの神の民として、この神に守られているのだ、ということを語っている、イスラエルの民族主義的な話ではありません。神の箱が帰ってきた、万歳、メデタシメデタシというわけにはいかないのです。6章の19節以下には、雌牛の引く車に乗って帰ってきた神の箱を迎えたベト・シェメシュの人々が、主によって打たれ、五万人のうち七十人が死んだということが語られています。ベト・シェメシュの人々というのは、ペリシテ人ではありません。イスラエルの民です。その民が主なる神様によって打たれたのです。それは「主の箱の中をのぞいたからである」と語られています。神の箱の中をのぞく、それは、主なる神様の臨在のしるしである神の箱を、畏れかしこむのではなく、それを興味の対象としてのぞいてみるということでしょう。つまり、主なる神様を畏れかしこむ心を失ってしまっているということです。そのことに対して神は怒られたのです。このことによって、ベト・シェメシュの人々は20節でこう言っています。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか」。「主のみ前に誰が立つことができるか」、この思いこそ、神の民イスラエルが常に失ってはならない信仰なのです。そもそもイスラエルの敗北は、この信仰を失い、主なる神を自分たちのお守りのようにかつぎ出して用いることができると思ってしまったことが原因でした。神様との契約の下で、神の民として生きるというのは、この畏れの感覚を失わずに持ち続けることなのです。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか」、この畏れの思いのある所でこそ、主イエス・キリストの十字架と復活によって私たちをみ前に立たせて下さる神様の恵みが、本当に生き生きと私たちに迫ってくるのです。

牧師 藤 掛 順 一
[1999年9月26日]

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