礼拝説教「奪われた神の箱」サムエル記上 第4章1〜22節 使徒言行録 第20章28〜32節 月の第四の主の日には、旧約聖書サムエル記上よりみ言葉に聞いています。前回、7月の時にも申しましたが、サムエル記には、イスラエルに王が立てられ、それまでの各部族のゆるやかな連合体から、中央集権的な王国となっていくという大きな転換期が描かれています。そのような転換、国の体制の変化をもたらした一つの大きな要因は、強力な外敵の存在です。強力な敵と戦って国を守るために、王様のもとに一致団結していくことが必要となっていったのです。 その敵とは、ペリシテ人です。この民族は既に、士師記の後半から登場して、イスラエルの民を苦しめ、支配するようになっていました。ギデオンが戦ったのも、サムソンが相手にしたのもペリシテ人でした。彼らは、ペリシテとの戦いにおいて散発的な勝利を収めましたが、ペリシテがイスラエルを脅かす脅威であるという状態は基本的には変わっていません。ユダの西の地中海岸に住むペリシテ人との間には常に一触即発の状態が続いていたのです。 このペリシテ人は、もともとこの地に住んでいたのではなくて、移住して来た民です。彼らがどこから来たのかについては、学者の間で説が定まっていませんが、とにかく彼らは外来の民なのです。そして彼らは、イスラエルをはじめとするこの地の民がまだ知らなかった新しい文明を持っていました。それは鉄です。イスラエルが基本的に青銅器文明の段階にある時に、彼らは鉄器文明を持っていたのです。それが、彼らの軍事力を強大なものにしていました。イスラエルがペリシテに対して常に劣勢に置かれていたのはそのためなのです。 さて、本日の第4章には、そのペリシテ人とイスラエルの戦争のことが記されています。イスラエルはペリシテに対して出撃し、そして打ち負かされて四千人の戦死者を出したのです。この敗戦の知らせを受けたイスラエルの長老たちが言ったことが3節に語られています。彼らは「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」と問うたのです。何故我々は負けたのか、敗北の原因は何か、と彼らは問うています。戦争に負けるということは、そういう問いをもたらす体験です。またそうでなければならないでしょう。「何故我々は負けたのか」、そういう問いを真剣に考えることから、新しい歩みは始まるのです。私たちの国も、54年前にそういう問いの前に立たされました。そこから、戦後の日本の歩みは始まったはずです。しかし私たちの国は、その問いに対してきちんとした答えを出したでしょうか。敗戦の原因を徹底的に追及して、つまりそこに至る国の歩みを検証し直して、その反省の上に立った新しい国造りをしてきたでしょうか。表面的には平和憲法を持つ民主国家になりました。しかしそこには根本的な問題に対する反省、検証が欠けていたのではないか、と思わされることが今、戦後54年経った時点で表面化してきていると思います。これは、私も含めて、戦争や敗戦の体験を持たない戦後世代の者たちの問題でもあります。たとえ直接その体験はなくとも、この国の歴史を、また特に近隣諸国との関係の歩みを、単なる知識としてではなく、今の時代を生きる我々への問いとして受け止めていくことが基本的に大切なことです。しかし例えば「日の丸、君が代を国旗、国歌とする」という法案にしても、「オリンピックで日の丸が上がれば嬉しい」というぐらいの感覚で賛成されていってしまうところには、そのような問いとの向かい合いはありません。54年前の敗戦が、そのような問いかけとして若い世代に継承されていないのです。ということは結局、私たちの国はあの敗戦の原因をどこに見ていたのか。アメリカの技術力と物量に負けたとしか思っていなかったのではないか。そうだとすればそれは、イスラエルの民が、ペリシテに対する敗戦の原因を、こちらは青銅の武器しかないのにあちらには鉄の武器がある、そのためだと考えたというのと同じことです。しかしイスラエルの人々は、そんな浅薄な考え方はしませんでした。今読んだ問いの言葉にあったように、彼らはこの敗戦を、単なる力や技術の違いによることではなく、主なる神様によることと考えたのです。主が、我々を、ペリシテ軍によって打ち負かされるままにされた、それがこの敗戦の原因だというのです。 この考えは、向こうには鉄の武器があるから、とか、向こうの方が兵力が多かったから、などということよりも、よほど深い、そして事柄を正しく見つめている考えです。士師記以来、あるいはそのことは既に申命記以来語られ続けてきたことですが、イスラエルの民が敵に破れて危機に陥るのは、彼らをエジプトの奴隷状態から救い出し、このカナンの地を与えて下さった主なる神様を忘れ、主に背いてしまうことによってです。つまり、敗北は神の怒りの現れであり、敗戦の原因は人間の力や技術ではなく、神との関係、神の前に正しいかそうでないかにあるのです。このたびのペリシテに対する敗戦もそうです。今イスラエルは神様の前にどのような状態にあるでしょうか。そのことは2章の12節以下に語られていました。神の箱、契約の箱の置かれている聖所シロの祭司エリは高齢で、その二人の息子たち、ホフニとピネハスが祭司の職務を行っていましたが、彼らは、人々が神様に捧げる供え物を横領してそれで私腹をこやしていたのです。エリはそれを知りつつどうすることもできませんでした。人々もそのような祭司たちの悪行を見ながら何も言えないでいる、イスラエルはそのように、主なる神様に顔向けのできないような状態にあったのです。そのことこそが、この度の敗北の原因でした。敗戦は神様の怒りの現れだったのです。 イスラエルの長老たちは、この敗戦を、単なる技術や物量の問題ではなく、主なる神によることと考えたところまではまことに正しい見識を持っていました。しかしそこで彼らが考えた対策は何だったのでしょうか。3節の後半にそれが語られています。「主の契約の箱をシロから我々のもとに運んで来よう。そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう」。負けた原因は神様にある。そこまではよいのです。しかし彼らは、負けたのは神様が自分たちの間にいて下さらなかったからだ、と考えました。神様がおられなかったから負けたのだ、神様がここにいて下さりさえすれば、こんなことにはならなかった、だから神様をここに連れて来よう、というわけです。そのために彼らは、主の契約の箱をシロの聖所から陣営に担いできました。主の契約の箱というのは、モーセがシナイ山で神様から授かった、十戒を刻んだ石の板二枚を入れた箱です。そしてその箱の蓋というか覆いの部分は純金で出来ていて、左右にケルビムと呼ばれる天使のようなものが翼を広げています。この契約の箱の覆いの部分が贖いの座と呼ばれており、そこに、主なる神様が座しておられると考えられていたのです。4節に、「ケルビムの上に座しておられる万軍の主」とあるのはそのことを言っています。契約の箱を担いで来ることによって、その主なる神様を連れて来ることができる、と彼らは考えたのです。契約の箱と共に、それに仕える祭司であるホフニとピネハスも陣営にやって来ました。これでいよいよ、神様を陣営の真中に迎えることができたのです。イスラエルの軍勢の士気は盛り上がり、その大歓声によって地がどよめいたと5節にあります。これが、彼らが敗北の反省から導き出した結論だったのです。 ここには、二つの注目すべき点があります。第一は、彼らが、神様がいっしょにいて下さりさえすれば自分たちは敵に勝てると思っている点です。その神様と自分たちが今どういう関係にあるか、神様に対して自分たちが何をしているか、ということは問題にせずに、とにかく神様は自分たちを守ってくれる、助けてくれる、戦いに勝利させてくれる、そう思っているのです。私たちはこのことを笑うことはできないでしょう。神様は自分によいこと、−というのは自分の思う意味でのよいことですが、そのよいことをしてくれる存在だ、という感覚は私たちの中にも根強くあります。だから、何か悪いこと、つらいこと、苦しいことがあると、神様なんていない、と思ったり、少なくともここにはいない、と思ってしまうのです。そうすると、いつもよいことが続き、事が自分の思い通りに運んでいかないと神様を信じることができない、ということになります。神様を信じているのにどうしてこんな悪いこと、つらいことが起こるのか、こんなはずではない、と思ってしまうのです。それは、ここでのイスラエルの人々の思いと同じ思いなのです。 注目すべき点の第二は、彼らが、契約の箱を担いで来ることによって、神様を連れて来ることができると考えたことです。契約の箱の覆い、贖いの座の上に神様は常に座しておられる、その箱を担いで来ればそれと一緒に神様も人間に担がれてどこへでも運ばれて行くというのです。イスラエルの民は、十戒において禁じられているように、主なる神様の像、偶像を作りませんでした。しかしここで彼らがしているのは、神様を偶像化することです。偶像は、人間が持ち運ぶことができるもの、人間の思いによって、人間の望む所に安置することができるものです。契約の箱がその働きをしてしまっています。彼らは神様の最も嫌われる偶像礼拝の罪に陥っているのです。このことも、私たちと無関係ではありません。私たちは、何かの像を造ったり、それを拝んだりはしないかもしれません。しかしイスラエルの民もそれはしていないのです。彼らがしたことは、自分たちが神様のみもとに近づくのではなくて、神様を自分たちのところに連れて来ようとしたということです。さらに言えば、自分たちが反省し、悔い改めて神様との関係を正そうとするのではなくて、神様を自分たちの思いや願いのために用いようとしたのです。それが偶像礼拝の本質であり、そういうことは私たちも常にしているのではないでしょうか。これは結局先程の第一のこととつながります。神様を、自分の思いや願いを適え、自分の思うところの幸福を与えてくれるものとして見つめ、そういうものとしてのみ信じようとする、そして自分は少しも変えられていかない、正されていかない、それがここでのイスラエルの民の姿だったのです。 契約の箱の到着によって、イスラエルの士気は高まりました。そのことを聞いたペリシテ人は大いに恐れました。しかしそのことは逆に、ペリシテ人にも9節にあるように、「ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え」という力を与えることになったのです。再び戦いが行われ、イスラエルは徹底的に打ち破られました。戦死者は先の戦いの四千人に対して今度は三万人、神の箱、契約の箱もペリシテ人の手に奪われ、二人の祭司ホフニとピネハスも戦死したのです。その知らせを聞いたエリも、その場に倒れて死にました。彼が倒れたのは、イスラエルが敗北したことを聞いたからでも、二人の息子が戦死したことを聞いたからでもありませんでした。神の箱が奪われたことを聞いたとたん、彼は倒れたのです。イスラエルの、主なる神様の民としての歩みの中心に常にあった神の箱、契約の箱、神様の臨在の場所として聖所の中心であったその箱が敵の手に奪われてしまった、それはイスラエルの歴史において前代未聞のことです。19節以下には、ピネハスの妻がこのことを聞いて、「栄光はイスラエルを去った」と言いつつ、出産において死んだことが語られています。まさにこれは、栄光がイスラエルを去った、イスラエルが神様に決定的に見捨てられてしまったと思われる出来事だったのです。 ところで、今私たちが読んでいる書はサムエル記です。サムエル記はサムエルという人の生涯とその働きを中心にしてイスラエルの民の歩みを語っていく書です。前回の7月に読んだ第3章には、少年サムエルが神様からの語りかけを受け、預言者として立てられたことが記されていました。本日の第4章においては、そのサムエルはいったいどこに消えてしまったのでしょうか。この第4章において、サムエルの名が出てくるのはただ一箇所、1節の冒頭のみです。そこに「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ」とあります。ここは、新共同訳の段落の区切り方からもわかるように、その前の第3章の、サムエルが預言者として立てられたことを語る所からの続きの文章です。3章19節以下を読んでおきます。「サムエルは成長していった。主は彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。ダンからベエル・シェバに至るまでのイスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認めた。主は引き続きシロで御自身を現された。主は御言葉をもって、シロでサムエルに御自身を示された」。これに続いて「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ」と語られているのです。この文章は一見、その後の戦いと敗北とは何もつながりがないようにも思えます。しかしそうではないのです。ペリシテとの戦いにおいて、イスラエルが徹底的に敗北し、神の箱が奪われる、そのことの前に、サムエルの言葉が全イスラエルに及んだと語られていることには大きな意味があります。サムエルの言葉、それはサムエル自身の考えや思想ではなくて、神様がサムエルに語らせたもう、神の言葉です。神様のみ言葉が、サムエルを通してイスラエル全土に及んでいたのです。そのみ言葉は何を語っていたか、それは第3章でサムエルが神様から示されたことでしょう。つまり、エリの息子たちの悪行を神様が怒り、裁きを与えようとしておられるということです。つまりサムエルを通して、神様からの警告の言葉が既にイスラエル全土に及んでいたのです。イスラエルの民がその警告のみ言葉をきちんと聞いていたならば、このようなことにはならなかったでしょう。つまり、ペリシテとの戦いに出ていくよりも先ず、自分たちの神様に対する姿勢を正し、悔い改めて、今行われている悪を取り除いていくことに努めることこそ、彼らがなすべきことだったのです。最初の敗北は、警告の言葉を聞こうとしない彼らへの、神様の第二の警告、懲らしめによる警告でした。その時点で、「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」という問いに対して、サムエルの語るみ言葉の中にその答えを見出していれば、あの徹底的な敗北は防げたことでしょう。しかし彼らはそこでも神様のみ言葉に立ち返ることをしなかったのです。み言葉を聞き、それによって悔い改めるのではなく、むしろ神様を自分の都合のために連れ出して利用しようとしたのです。その結果があの大敗北でした。つまりこの敗北は、神様のみ言葉をどう聞くか、ということによって起こってきたものだったのです。1節はそのことを示しているのです。 神様のみ言葉をどう聞くか、によってその民の運命が決まる。私たちはこのことを常に心していなければなりません。本日共に読まれた新約聖書の箇所、使徒言行録20章28節以下は、使徒パウロが、エフェソの教会の長老たちに、そのことについてよくよく気をつけているように教えている所です。長老たちは、神が御子イエス・キリストの血によってご自分のものとなさった神の教会をしっかりと守らなければなりません。それは、外から襲いかかってくる狼から群れを守るということだけではなくて、群れの内部に、「邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れる」、そういうことに対して常に警戒し、群れが惑わされないようにするということです。その邪説というのは、要するに、み言葉によって自らの罪を知り、悔い改め、主イエス・キリストによる赦しを神様に求めていくのではなく、神様を、自分の望みを適え、自分の思うところの幸福を与える存在としてのみ信じて、そのために神様を自分のもとに引き寄せ、利用しようとするような教えです。そのような邪説によって、み言葉に対する畏れの姿勢がくずされてしまうことを防がなければならないのです。イスラエルの敗北を語るこの箇所は、私たちに、神様のみ言葉をどのような姿勢で聞くか、ということを問うているのです。 神の箱はペリシテ人に奪われました。イスラエルの民は最も大事なはずの神の箱を戦場に残して逃げ去ってしまったのです。ペリシテ人はそれを戦利品として持ち帰り、自分たちの神の神殿に、神への捧げ物として置きました。そのことは次の5章のことですので、次回にまわしますが、これは、当時の人々の感覚においては、主なる神の敗北です。戦争はそれぞれの民の祭る神どうしの戦いであり、勝った方の神が負けた方の神よりも強かったということになるのです。ですから、主なる神はペリシテの神に敗れて捕虜になり、辱めを受けている、それが神の箱が奪われたということの意味です。普通ならばそこでもう、主なる神は歴史から姿を消すのです。そのようにして無数の神々が消えていきました。しかし、聖書の語るこの主なる神は、消え去ることはありませんでした。それは、この後5章以下に語られていくように、神の箱が奪われて行った先で不思議な力を発揮して再びイスラエルのもとに戻って来たからというわけではありません。この時はそうでしたが、それから数百年後、いわゆるバビロン捕囚の時には、神の箱は今度こそ全く失われて跡形もなくなってしまったのです。問題はその箱の存在ではありません。神の箱は、イスラエルの民の中に、主なる神様が、民を導き、守り、そして裁く生けるまことの神としておられることの印です。そしてこの生けるまことの神は、神の箱が奪われ、あるいは失われてしまうような、つまり民の、そして神ご自身の敗北と思われる事柄の中において、なお民に語りかけ、働きかけ、導き、救いのみ業を行って下さる方なのです。偶像の神はそうではありません。守りや助けを与えるのみの神はそうではありません。それらは、敗北において力を失い、消え去っていくのです。しかし主なる神は、神の箱が奪われるという、人間の目からは絶望としか思えない状況の中でも、なお生きて働いておられる方なのです。私たちはそのことを、新約聖書を通してはっきりと知らされています。自分の民に見捨てられ、置き去りにされて、敵の手に落ち、辱めを受けている神の箱、私たちはそこに、主イエス・キリストの十字架のお姿を重ね合わせて見ることができます。神の独り子が十字架にかけられて処刑される、それは人間の目には敗北と失敗でしかなく、絶望するしかない事態なのです。しかしまさにそこで、生けるまことの神が、私たちのための救いのみ業、罪の赦しのみ業をなして下さったのです。聖書の語る主なる神様はそういう方です。それゆえに私たちは、私たちにおいて、神の箱が奪われてしまうような、即ち、神様の再三の警告にもかかわらず、み言葉をないがしろにする私たちの罪が極まり、もはや望みはない、栄光は我々を去ったと言わざるを得ないような事態に直面しても、なおエリのように絶望に倒れる必要はないのです。私たちはその事態の中で、私たちのために十字架にかかって死んで下さった主イエス・キリストを見つめ、この方によって、悔い改めと罪の赦しを与えられて、もう一度新しく歩み出すことができるのです。
牧師 藤 掛 順 一 |