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「ナルニア国物語」について 第39回6.「魔術師のおい」(4)牧師 藤掛順一
魔女はアンドルーを従えてロンドンの町へ出て行きました。「この世界を征服する」と言う魔女は何をしでかすかわかりません。ディゴリーは何とかして魔女をこの世界から連れ出さなければならないと思いました。それには、魔女に触れながら黄色い指輪にさわらなければなりません。彼は魔女たちが帰ってくるのを待ちました。 待っている間に、ディゴリーの耳に、お母さんの見舞に来た人とおばさんとの話が聞こえてきました。彼らは「今となってはメイベルを救うには、若さの国にできるくだものでも手に入れなければだめじゃないでしょうかね」と話していました。その時ディゴリーの頭に、あの林の沢山の池がそれぞれ別の世界につながっているのだとしたら、どこかに「若さの国」が見つかるかもしれない、そうすればお母さんを助けられる、という思いが浮かびました。彼が思わずポケットの黄色い指輪に手をかけようとした時、魔女が現れました。 魔女は辻馬車の屋根の上に立ち、ものすごいスピードで馬を走らせて来ました。馬車は家の前の街燈にぶつかって壊れ、彼女は馬の背に飛び移りました。壊れた辻馬車の中からアンドルーがはい出してきました。その辻馬車を追って、宝石店の店主とおまわりさんが別の辻馬車でやって来ました。魔女は宝石店に強盗に入り、宝石を奪ったのです。馬車と馬の持ち主である馬車屋も追って来て、たけりくるう馬を静めようとしました。魔女は街燈の鉄の棒を素手で折り取るとそれをふりまわしておまわりさんを打ち倒しました。ディゴリーは、家から戻ってきたポリーと協力して、魔女をこの世界から連れ出そうとします。ディゴリーが魔女の足につかまり、ポリーがディゴリーにつかまったまま、黄色い指輪をはめるのです。何度かの失敗の後、ついにうまくいきました。ディゴリーと、ポリーと、魔女と、魔女の乗った馬と、魔女をなだめようとしていたアンドルーおじと、自分の馬をなだめようとしていた馬車屋と、みんながそろってかき消え、あの「世界の間の林」に来たのです。 ここへ来ると魔女はまたまっ青になり、力を失いました。馬の方は興奮がおさまり、一番近くの池に足を踏み入れて水を飲もうとしました。ディゴリーとポリーは早速緑の指輪につけ変えました。それで彼ら全員がその池から再び別の世界に沈み込んでいったのです。ついた所は真っ暗な世界でした。「きっとチャーンさ。ただ、真夜中にきあわせたんだよ」とディゴリーが言うと、再び力を取り戻した魔女が「チャーンではない。ここは、からっぽの世界じゃ。なにもないところじゃ」と言いました。ここで一番度胸が据っていたのは馬車屋でした。彼は「人間はいつかは死ぬ身、とこころえていればいいんでさあ。それに、人間、ちゃんと暮らしていれば、死ぬのをこわがることはちっともありましねえ。どうしたらいいかっていえば、おらの考えじゃ、気ばらしにいちばんいいのは、讃美歌をうたうこったね」と言って讃美歌を歌いました。 しばらくすると、遠くから歌が聞こえ始めました。「低温のしらべは、大地そのものの声かと思われるほど深々としています。歌のことばはありません。ふしさえもないといえるくらいです。でもそれは、今までディゴリーがきいたどんな音ともくらべようがないほどの美しさでした。…ついで、おどろくべきことが二つ、同時におこりました。一つは、あの声に、とつぜんたくさんのほかの声が加わったことです。それは数えきれないほどたくさんの声でした。さいしょの声に美しく和していましたが、音階からいえばずっと高く、冷たい、銀の鈴のなるような声でした。二つめのおどろきは、頭上の闇が、にわかに星々で燃え立つようにきらめいたことです。星は、夏のよいのように、一つ、また一つと、なにげなくあらわれたのではありません。いましがたまで、闇のほかになにもなかったところに、つぎの瞬間には、何千という光の点がぱっとかがやき出たのです。…新しい星々があらわれたのと、新しい声が加わったのとは、まったく同時でした。もしみなさんがディゴリーのように、それをじぶんの目で見、じぶんの耳で聞いていれば、うたっているのは、ほかならぬその星だし、星々を出現させ、星々に歌をうたわせたのは、はじめの声、深々とした歌声の主なのだと、みなさんはうたがう余地なく心に感じたはずなのです。」 歌声が続くうちに、だんだんあたりが明るくなってきました。「そしてその声が、まだそれまでに出したことのないほど力強い、荘厳なひびきにまで高まったちょうどその時、太陽がのぼりました」。その朝日に照らされて、歌声の主の姿が見えました。それはライオンでした。ライオンが歌いながら歩くにつれ、当りには草や木が生え、どんどん青々としていきました。ライオンが、歌によって、何もなかったこの世界に命を与えていったのです。 |
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