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「ナルニア国物語」について 第37回6.「魔術師のおい」(2)牧師 藤掛順一
緑の指輪をはめて池に飛び込んだ二人は、気がつくと別の世界に立っていました。そこは、人っ子一人いない、荒れ果てた都の跡でした。生き物の気配は全くなく、日の光もにぶく赤く弱いものでした。彼らはその都の宮殿の跡の一部屋に、すばらしい衣装を身につけ、王冠をかぶった人々が、ろう細工のように身じろぎせずに、一列に並んで座っているのを見つけました。都は何百年間廃虚であったらしいのに、この人々の衣装は古びず、腐ってもいませんでした。そこには魔法が働いていることが感じられました。その部屋のまん中の台の上に、金の鐘とそれを打つためのつちが置かれていました。その台に書いてある見知らぬ文字は、見つめているうちに彼らにも読めるようになりました。それも魔法の力によることです。こう書いてありました。「ぼうけんずきのとつくにびとよ、いずれなりとも、えらびたまえや。危険をおそれず、かねうつか、さなくば、かのとき、かねうたば、いかになりしと、おもいこがれてこころくるうか」。ポリーは「誰が危険をおかしてまでうつものですか」と言いました。しかしディゴリーは、後であの時鐘を打ったらどうなったのだろうと後悔するのはいやだと言います。二人はけんかになり、ディゴリーは黄色い指輪に触って帰ろうとするポリーをおさえつけて鐘を打ってしまいました。 鐘の音が鳴りやんだ時、あの一列に並んでいる人々の一番はずれに座っていた女王が立ちあがりました。彼女は大変背が高く、美しいが、同時に非常にたけだけしく誇らしい感じのする人でした。彼女は彼らに「わらわを目ざましたのは、だれじゃ?だれが呪文を破ったのじゃ?」と言いました。ディゴリーが「それは、ぼくだと思いますけど」と言うと、「そちとな?そちは、ほんの子どもではないか。それも平民の子じゃ。その血の中に、一滴たりとも、王家の血も、貴族の血も流れておらぬことは、ひと目で見てとれること。そのほうごときものが、よくもこのやかたにはいりこめたものよな」。ポリーが「わたしたち、よその世界からきたんです。魔法で」と言うと、女王はポリーには目もくれず、ディゴリーに「それはまことか」と言いました。彼が「はい、そのとおりです」と言うと、女王はディゴリーの顔を子細に調べ「そちは魔術師などではない。そのしるしはそのほうにはついておらぬ。そちごときは、魔術師の召使いにすぎまい。そのほうどもがここまでやってきたのも、人の魔法をかりたのじゃ」と言いました。ディゴリーは「アンドルーおじの魔法です」と言いました。その時、建物がくずれ始めました。女王は二人の手をつかむと、宮殿の外へ出るために歩き始めました。沢山の部屋を通りぬけ、ついに表玄関に来ましたが、そこには大きなドアがあり、重いかんぬきがかかっていてとても開けられそうにありませんでした。しかし女王があるまじないの言葉をとなえると、ドアはぼろぼろにくずれ去りました。女王は言いました。「わらわのじゃまをするものは、物であろうと、人であろうと、このしまつじゃ」。そして彼らは宮殿の外に出ました。そこは台地で、目の下には広大な都の跡が広がっていました。以下、しばらく本文を引用しましょう。 「よいか、今後、何人もふたたび見ることのかなわぬところじゃ。よく見ておくがよい。」と女王はいいました。「おおいなる都、王の中なる王の都、世界のおそらくありとあらゆる世界の、おどろきであった都、チャーンとは、これじゃ。して、子ども、そちのおじは、このように大きな都をおさめていやるかの?」「いいえ」とディゴリーはいいました。そして、アンドルーおじがなんの都もおさめていないことを説明しようとしましたが、女王はかまわずに話しつづけました。「今では、ここにもの音はたえた。だが、わらわは昔、ここに立って、チャーンの都のにぎわいをきいたものよ。ふみならず足音、車のきしみ、むちのひびき、どれいどものうめき、戦車のとどろき、寺々でうちならすいけにえのたいこの音などが、大気をくまなくみたしておった(しかし、それも終わりに近いころよ)。」女王はそういうと、ひといきおいて、つけ加えました。「ひとりの女が、一瞬のうちに、それらすべてのものを永遠に消し去ったのじゃ。」「それはだれですか?」ディゴリーはきこえないほどの小声でたずねました。でもこたえはだいたいわかっていました。「わらわじゃ。」と女王はいいました。「さいごの女王にして、世界の女王なるこのジェイディスじゃ。」 ジェイディス女王は、姉と王位を争って戦い、追いつめられ、最後の一兵を失った時、「滅びの言葉」を唱えたのでした。その言葉は、「しかるべき儀式をしながらとなえるならば、それをとなえた者をのぞいて、この世の生ある者をことごとくほろぼす言葉」でした。彼女は秘密の内にその言葉を習い、最後のどたん場でそれを使ったのです。それを聞いたディゴリーは「でも国民はどうなったのです?」とたずねました。「どんな国民のことじゃ?」「ふつうの人たちのことですわ。」とポリーがいいました。「その人たちは、あなたに何も悪いことなんかしなかったでしょうに。それに女の人たちや、子どもたちや動物たちもです。」「そちにはわからんのか?」女王はあいかわらず、ディゴリーだけをあいてに話しました。「わらわは女王、あれらはみなわらわの民じゃ。わらわの思うところを行うのでなければ、なんのためにあれらは存在したのじゃ?」「それにしても、その人たちにとっては、ずいぶんむごいことでしたね。」とディゴリーがいいました。「そちがただの平民の子どもであることをわらわは忘れておった。そのそちに、どうして国事がわかるはずがあろう?よいか、子ども、たとえ、そちのような平民にとっては悪しきことでも、わらわのような大女王にとっては悪ではなくなるものがあることを知らねばならぬ。われらの肩には、世界じゅうの重味がかかっておるぞ。われらは、すべてのきまりから自由であらねばならぬ。われらの運命はきびしくて、孤独なのじゃ。」 彼女は「滅びの言葉」によって全てのものを滅ぼした後、宮殿の、祖先の像をまつる部屋に強いまじないをかけ、その像の一人として眠りについたのでした。誰かが来て鐘をつき、目を覚ますまでです。ディゴリーがその彼女を目覚めさせたのです。 |
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