1.痛めつけられ、侮られ、辱められたイエス様
イエス様は、ピラトによって十字架に架けられることとされ、鞭で打たれて兵士たちに引き渡されました。この鞭打ちは、それだけで息絶えてしまう者がいるほど激しいものでした。革の鞭に鉄や石の鋲が付いているもので打たれるのです。背中からもお腹からも血が流れたことでしょう。イエス様は、もう立っていることが出来ないほどに痛めつけられました。その弱り果てたイエス様を、さらにローマの兵士たちがなぶりものにしたのです。まずイエス様に紫の服を着せます。これは多分、ローマの兵士たちが着ていた赤紫の短いコートのようなものだったと思います。それを、王様や皇帝が着る紫のローブに見立てたのです。そして、王冠の代わりに茨の冠を編んでかぶらせました。茨には5cmほどの硬いトゲがあり、そのトゲがイエス様の頭や額に突き刺さり、血が流れたことでしょう。死刑になることが決まっているのだから、どんなに痛めつけても同じこと。兵士たちは、日頃の憂さ晴らしのつもりだったのでしょうか。人間の奥底には、日頃は表に出ることはあまりありませんが、人を痛めつけ苦しめることに喜びを覚えるという闇があるのでしょう。その人が一番嫌なこと、苦しいことを見つけて、そこを突いてくる。悪魔の知恵です。その闇の力がイエス様を痛めつけ、さいなみます。しかし、イエス様はこの時も黙っておられました。イエス様は嵐を静めることも出来たし、病の人々を癒やすこともお出来になりました。その力を、イエス様はこの時、御自分のためにお使いにはならなかったのです。
兵士たちは、イエス様の前にひざまずき、イエス様を拝む仕草をして、「ユダヤ人の王、万歳。」と言ってはやし立てたのです。鞭打たれ、茨の冠をかぶせられ、体中傷だらけになったその体に、安っぽい赤紫の服を着せられ、偽りの礼拝を受け、「ユダヤ人の王」と言ってはやし立てられる。イエス様は、また、王様の持つ笏(しゃく)を模した葦の棒を持たされました。そして、その棒で頭を叩かれ、唾を吐きかけられ、「ユダヤ人の王」とはやし立てられました。神様が最も嫌われる、偽りの礼拝。神様を侮る行為。「もう赦せない。勘弁出来ない。」そう言って立ち上がっても良さそうなものです。しかし、そこまでされても、イエス様は神の子としての力をお使いにならず、沈黙を守り、ただ兵士たちにされるがままに痛めつけられました。
こんな神様がいるでしょうか。鞭打たれ、足元も覚束ないほどに弱り果て、兵士たちに侮辱され、それでも何もしない。ただただ痛めつけられている神です。イエス様は、十字架を背負わされ、ゴルゴタという所まで歩かされます。イエス様の周りには、イエス様をはやし立てる群衆がいたことでしょう。イエス様は黙って十字架を背負って歩まれました。
2.悲しみの道
今朝の説教題は「悲しみの道」です。これは、ラテン語で「ヴィア・ドロローサ」と言い、イエス様が裁かれたピラトの官邸から、十字架に架けられ、死んで葬られた墓までの道、エルサレムにある1kmほどの小道につけられた名前です。今も毎週金曜日には、カトリック教会のフランシスコ会の主催で、十字架を担いだ修道僧の後を付いて多くの人々がその道を歩みます。その道には14のステーション、とどまる所があって、イエス様がここで鞭打たれた、から始まりまして、ここで十字架の重さに膝を折られた、ここで十字架に架けられた、と続くわけです。その14のステーションで、イエス様の御姿を思い起こし、祈るのです。イエス様のこの十字架への歩みを思い起こして祈る。イエス様の十字架へと歩む姿を心に刻むようにして祈る。これは、エルサレムのヴィア・ドロローサにおいてだけ行われているものではないのです。これは「十字架の道行き」と言って、四旬節、レントの期間には必ず、金曜日にカトリック教会で行われるものなのです。そのために、カトリック教会の礼拝堂には必ず、壁に14のステーションを示す絵なり、レリーフなりが飾ってあるのです。広い敷地を持つ修道院では、山や庭にこの14のステーションが作られている所もあります。私共は、「十字架の道行き」を行うという伝統はありません。しかし、イースターの前、受難節・レントの期間にイエス様の苦しみを心に刻むということは同じです。やり方は違いますが、イエス様の苦しみを心に刻むとということにおいては、変わることはありません。
3.イエス様の苦しみは、何のために、誰のために
しかし、どうして代々のキリスト者たちは、このイエス様の苦しみ、御受難を心に刻んできたのでしょうか。理由は、二つあると思います。
第一に、このイエス様の苦しみは私のためであるということを心に刻むためです。イエス様は、これほどの苦しみを私のために、私に代わって受けてくださったということ。ここに、イエス様の私共への愛がはっきりと示されているからです。このことは、少したとえが良くないかもしれませんが、母のあかぎれになった手や曲がった腰に、私のために苦労してくれたことを思い感謝するのに似ています。こんなにしてまで、私を救おうとしてくださったイエス様。そのイエス様の苦しみの姿を心に刻み、イエス様の愛を思うのです。愛は、愛するその人のために苦しむことをも引き受けることです。イエス様の苦しみは、その私共への愛の極みなのです。イエス様はこの時、この苦しみから逃れようとすれば出来たのです。でも、そうはされなかった。自分を助ければ、私共を救うことが出来ないからです。私共の身代わりにならないからです。
第二に、私共がイエス様の苦しみの姿を心に刻むのは、私の苦しみがイエス様の苦しみにつながっていることを心に刻むためです。私共はいろいろな苦しみを経験します。人に馬鹿にされたり、軽んじられたりすれば、夜も眠れないほどに腹を立てます。愛する者との関係が破れて、生きる意欲を失ってしまいそうになることもある。生活の苦しみもある。そのすべての苦しみが、このイエス様の苦しみとつながっている。イエス様は、苦しみの中にある人と共にいてくださるのです。苦しむ私と共に苦しんでくださっている。インマヌエルの神、我らと共にいてくださる神は、苦しみのただ中で、私と共にいてくださるのです。イエス様は、苦しみの中にいる者を決して一人にはしないのです。ヴィア・ドロローサ、悲しみの道を歩まれたイエス様は、私共の悲しみを知っておられ、その悲しみの中で私共と共に歩んでくださるのです。
私共は苦しみの中で、ひとりぼっちのような気がするものです。誰も私の苦しみなんて分かってくれない。確かに、人は人の苦しみを分かることは出来ないでしょう。しかし、神様は違う、イエス様は違うのです。イエス様は知っている。知っているだけではなくて、私と共にいて、私と共に歩み、私を背負い、支えてくださる。私共は苦しみ悲しみに出会いたくない。しかし、その苦しみ悲しみの中で、私共は神と出会う、イエス様と出会うのです。
4.市岡裕子さんのこと
一昨日、北日本新聞ホールで、日本聖書協会が主催した「聖書と音楽の出会い・富山」という集会が開かれました。第一部は、日本聖書協会の働きについてのビデオを見て、第二部で市岡裕子さんのゴスペルと証しの会がありました。とても力強い、歌と証しでした。イエス様の愛がスーッと私の中に入ってきて、いつの間にか、自然に主をほめたたえていました。私共の教会からも、何人もの方が受付の奉仕や第一部の讃美歌の伴奏の奉仕などをしてくださいました。良い伝道集会でした。
市岡裕子さんという方は、私は知りませんでしたけれど、吉本新喜劇の岡八朗の長女です。証しの中で、高校生の時にお母さんを亡くされ、お父さんと弟はアル中になり、どうして自分はこんな目に遭うのか、そう思ったと言います。しかし、そういう中で、幼稚園の時の先生、この方がキリスト者だったのですが、その先生が市岡さんのために祈り、慰め、励まされたのです。何て素敵な先生なのだろう、何て素敵なキリスト者なのだろうと思いました。そのような人との出会いを通して、神様は私共を導いてくださるのでしょう。そして彼女はアメリカに渡って、黒人教会でゴスペルに出会ったのです。アメリカでの生活の中で、二人のアル中の家族をおいてアメリカに来ている自分が、何とわがままで、自分勝手で、冷たい人間なのかと思って苦しくなったそうです。しかし、そこで彼女はイエス様に出会ったのです。人はなかなか、自分のそのような心をちゃんと見ようとはしないものです。いろいろと言いわけを考えるのです。アル中になった父や弟。自業自得ではないか。自分の人生、自分のために生きて何が悪い。でも、本当は、自分の愛の無さにどこかで気付いているのではないかと思います。しかし、普通はなかなかそれを素直にそれを認めることが出来ない。でも、苦しくて、悲しくて、もう自分ではどうにも出来ないとなった時、私共は自分の罪を正直に認め、そして神様に、イエス様に助けを求める。「イエス様、助けてください。」と叫ぶ。その時、私共は変えられるのです。イエス様の赦しに与るのです。新しい命に生きることが始まるのです。市岡さんもそうでした。
私共もそうだったのではないでしょうか。「イエス様、助けてください。」そう心から叫ぶ時、イエス様は既に私共と共にいてくださいます。そして言われる。「さあ、わたしと共に歩んでいこう。わたしがあなたの苦しみ、あなたの悲しみを担ってあげるから大丈夫。あなたは決して倒れない。わたしは主。わたしは神。」
5.キレネ人のシモンのこと(1)
イエス様は十字架に架けられるゴルゴタという所に着くまでに、もう十字架を背負うことが出来ないほどに弱られました。十字架といっても、イエス様がここで担がされたのは十字架の横木ではなかったかと考えられています。この時、キレネ人のシモンという人が、たまたま通りかかります。そして、ローマの兵士はこの人にイエス様の十字架を背負わせたのです。彼にしてみれば、何のことやら分からず、何と運が悪いのかと思ったことでしょう。しかし、このことがこの人の人生を変えてしまいました。21節に、この人は「アレキサンドロとルフォスの父でシモンというキレネ人」であったと記されています。どうして、この人の名が記されているのか。また、どうしてこの人の二人の息子の名前までもが記されているのか。このマルコによる福音書が記されたのは、イエス様が十字架にお架かりになってから30年ほど後のことです。ここで、名前が記されているということは、この福音書が記された時に、この二人の息子はキリストの教会で既に名前を知られている人であったということを意味していると考えられます。つまり、イエス様のこの十字架を無理矢理担がされた人の息子はキリスト者になった。そして多分、この人もキリスト者になったということなのだと思います。
どうして、何があって、そういうことになったのかは分かりません。しかし、長い教会の歴史の中で、このキレネ人シモンという人の有り様が私と同じだと受け止める多くの人を生んできたのも事実なのです。何も分からずに、イエス様の愛の業に用いられることになってしまう。そうして、その業に仕えている中で信仰を与えられる。そういうことがあるのでしょう。私もそういう人に何人も出会ってきました。例えば、何も知らずに教会の幼稚園で働くようになり、そこでイエス様に出会って信仰を与えられた人などは、その典型的な例でしょう。キリスト教音楽との出会いの中で与えられた人もいるでしょう。神様は信仰のある人だけをその愛の業に用いるのではありません。自由に選んで用いられる、その営みの中で信仰が与えられるということは、決して少なくないのです。
6.キレネ人のシモンのこと(2)
そしてまた、このキレネ人シモンの姿は、キリストの教会の姿を指し示すものとして受け止められてきました。つまり、イエス様の十字架を背負って歩む教会ということです。イエス様の十字架を背負う。もちろん、罪の赦しを与えるイエス様の十字架は、イエス様だけのものです。しかし、イエス様の救いを宣べ伝えるための労苦は、キリストの教会に与えられた務めであり、それはこのイエス様の十字架を背負うということなのです。このイエス様の救いを宣べ伝える労苦というものは、イエス様の愛に仕えるということでありますから、具体的なあの人のために、この人のために喜んで労苦するということになるでしょう。私共は、自分の労苦だけで精一杯と思っているかもしれません。しかし、私共はそこから一歩踏み出していく者として召されているのでしょう。
そうは言われても、私はもう年をとりました、人のためになどもう何も出来そうもありません。そう思う方もおられるかもしれません。もちろん、若くて元気な人は、それに見合ったことをすれば良いのですが、年老いた者は何も出来ない。そんなことはないのです。何故なら、私共は「祈れる」からです。どんなに年老いても、体が動かなくなっても、私共はその人のために、その人に代わって祈ることが出来るのです。それは、紛れもなくイエス様の十字架を担う行為なのです。世の人はイエス様を知りません。ですから、祈ることも知りません。そのような世の人々のために、その人に代わって祈るのです。この礼拝も同じことなのです。今朝、富山市の中で主の日の礼拝に集っている人は、一体何人いるでしょうか。1000人はいないでしょう。40万人の中で、ほんのわずかな者だけが神様の御前に集って礼拝している。それは、この富山市に住むすべての人のために、その人たちに代わって私共が礼拝しているということなのです。その意味では、このように主の日に礼拝をささげるということ自体が、実にイエス様の十字架を背負って為される営みなのです。しかしそれは、誰にも感謝されることはないでしょう。でも、それで良いのです。何故なら、イエス様はお喜びになられるからです。そこに私共の喜びもあるからです。私共はただイエス様に喜ばれること、それを何よりも喜びとするものとされた者だからです。
7.最後に
イエス様の十字架への歩みは、人に侮られ、唾を吐かれ、卑しめられた歩みでした。しかし、そこにこそ愛があり、まことの神様の栄光があったのです。イザヤは、このイエス様の姿をこう預言しました。イザヤ書50章6~7節「打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。主なる神が助けてくださるから、わたしは嘲りとは思わない。」イエス様は、この苦しみを受けることが父なる神様の御心であることを御存知でした。それ故、イエス様この「悲しみの道」から逃れようとはされなかったのです。そして、使徒パウロは、「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」(フィリピの信徒への手紙1章29節)と言いました。私共の苦しみがイエス様の十字架の苦しみと重なる時、このパウロの言葉が本当であることが分かるのです。私共の苦しみは、私だけのものではないのです。イエス様が共にいてくださるのです。そのことが分かるから、これもまた恵みとして受け取ることが出来るのでしょう。ただイエス様に喜ばれる歩みを、神様の御前に為してまいりたい。そう心から願うのであります。
[2015年9月13日]
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