礼拝説教「ウザと神の箱」サムエル記下 第6章1〜11節 使徒言行録 第17章16〜34節 月の終わりの主の日には、旧約聖書サムエル記下よりみ言葉に聞いております。前回、7月の終りには、ダビデが、サウル亡き後、まずユダ族の、そしてついには全イスラエルの王となったことを読みました。ダビデはもう随分前に、神様によってサウルに代わる新しい王として選ばれ、油を注がれていた人です。またサウル亡き後、実力から言っても、ダビデ以外に、イスラエルの王となれる人はいませんでした。しかしそのダビデが実際に全イスラエルの王となるには、様々な紆余曲折を経なければならなかったということを前回読みました。サウルの息子が擁立されて、国は内戦状態になり、それがしばらく続いたのです。サムエル記下の第5章のはじめのところに至ってようやく、ダビデが全イスラエルの王となったことが語られているのです。 ダビデが全イスラエルの王として即位した場所は、第5章の3節にあるように、ヘブロンという所です。そこは彼がユダ族の王となり、根拠地としていた所でした。そこに、全イスラエルの各部族の長老たちがやって来て、ダビデを王とする契約を、主なる神様の前で結んだのです。「長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした」とあります。神様によって、サムエルを通して油を注がれ、王となるべく定められていたダビデが、イスラエルの長老たち、つまり人間によっても油を注がれて、正式に王となった、この経緯は大事なことを教えています。神様がある人を選んで、ある務めにお立てになる、その時に、このように神様によってと人間によっての二つの油注ぎが行われるのです。神様による油注ぎ、それは神様がなさることであり、その人と神様との間の、他人にはわからない内面的な事柄です。例えば今、本日までですが、富山市内三教会で、夏期伝道実習の神学生をお迎えしています。先週この教会でも礼拝の説教をしていただいた沖崎さんです。彼は、牧師、伝道者となることへの神様の召しを受けて、神学校に入学しました。その決断は、神様と彼との間の事柄であって、誰か他の人が神様が彼に語りかける言葉を聞いたわけではありません。本人がそういう神様の召しを信じて献身したのです。私共の教会から今年神学校に行った矢部兄弟の場合も同じです。しかしそういう本人の決断、あるいは神様からの召しがあればそれで直ちに牧師になれるかというとそうではありません。それは、牧師になるためにはいろいろと勉強しなければならないことがある、という話ではなくて、本人に与えられたそういう召し、言ってみれば油注ぎが、教会によって、つまり人間たちによっても確認され、承認されて、人間によっても油を注がれる、即ち任職されるという手続きが必要だ、ということです。本人が神様の召しを信じるだけではなく、教会も、人々もそのことを受け入れ、受け止めた時に初めて、その人は教会におけるある務めに立てられるのです。このことは、牧師だけの問題ではありません。教会の長老や執事、あるいは教会学校の教師という務めにおいても同じです。ある人が、「自分は神様の召しを受けたから今日から長老になる、執事になる、教会学校の教師になる」と言ってもそれは認められません。本人はその召しを確信しているとしても、それが教会に連なる人々によっても承認され、教会によってその務めに任じられるということを経なければその務めを行うことはできないのです。神様が人を教会におけるある務めにお立てになるということにおいて、そのような手続きが大事です。ダビデはまさにそういう手続きを経て、イスラエルの王となったのです。 5章4、5節には「ダビデは三十歳で王となり、四十年間王位にあった。七年六か月の間ヘブロンでユダを、三十三年の間エルサレムでイスラエルとユダの全土を統治した」とあります。ダビデの王としての統治は四十年に及んだのです。最初の七年半はヘブロンでユダを治め、その後三十三年間、エルサレムでイスラエルとユダの全土を統治したとあります。これによれば、ダビデが全イスラエルの王となった時、彼は根拠地をヘブロンからエルサレムに移したということになります。そのことが、5章6節以下に語られているのです。ここには、ダビデがエルサレムを攻めて占領し、自分の町としたことが語られています。つまり、エルサレムは、今でこそ、イスラエルの中心、歴代ダビデ王朝の根拠地、そして主の神殿があった信仰の中心地とされていますが、もともとはそれは、イスラエルの民の町ではなかったのです。6節にあるように、それはエブス人の町でした。そこを、イスラエルの王となったダビデが攻め取って住むようになり、次第に大きな町へと築き上げていって、今日のエルサレムが生まれたのです。ダビデは何故そのように、エルサレムをわざわざ攻め取ってそこに根拠地を置いたのでしょうか。それは彼が、これから先のイスラエル王国全体の統治のことを考えたためであると言われます。つまり、今全イスラエルはダビデのもとに一つの王国となったわけですが、その実態は、ダビデという偉大な指導者のもとに各部族が集まり、それぞれがダビデを王として受け入れたという、「同君連合」、つまり、同じ王様をいただいているから一つの国である、という状態だったのです。そういう体制は、ダビデが王であるうちは維持されていくけれども、次の代になっていった時にはどうなってしまうかわかりません。王国の体制としては不安定な要素を抱えているのです。そのためにダビデは、イスラエル王国の体制を堅固なものとするためにいろいろ努力したのです。その一つが、このエルサレム遷都であると言われます。つまり国の統治の中心を、それまでどこの部族の町でもなかったエルサレムに移すことによって、イスラエルのどの部族の人々にも受け入れられる新しい首都を築こうということです。もしも彼がもともとユダ族の王として即位したヘブロンでイスラエル全体の王であり続けたなら、それはどうしても、ユダ族の下に諸部族が支配されるという感じになります。そういうことを避け、イスラエルが新しく、一つの王国となったのだということを示すために、ユダ族の領域の中にありながら、ユダ族の町ではなかったエルサレムが選ばれたのです。 このようにして、エルサレムはダビデの町となり、イスラエルの首都となりました。ダビデはこの町に城壁を築き、王宮を建て、首都として整備していきました。10節には、「ダビデは次第に勢力を増し、万軍の神、主は彼と共におられた。」とあります。12節にも「ダビデは、主が彼をイスラエルの王として揺るぎないものとされ、主の民イスラエルのために彼の王権を高めてくださったことを悟った」とあります。エルサレムにおけるダビデの王としての権威は高まっていったのです。 王国を揺るぎないものとするために、ダビデが次に行ったのは、ペリシテ人を打ち破ることでした。そのことが5章17節以下に語られています。17節に「ペリシテ人は、ダビデが油を注がれてイスラエルの王になったことを聞いた。すべてのペリシテ人が、ダビデの命をねらって攻め上って来た」とあります。ダビデがイスラエルの王となったことを知ったペリシテ軍が攻めてきたのです。これには理由があります。ダビデはサウルに追われて逃げていた時、ペリシテの王のもとに身を寄せ、その傭兵隊長となっていました。ペリシテの王からツィクラグという町を与えられました。また、サウルが戦死したあの戦いには、幸いなことに参戦しないですんでいました。ですから当時はまだ、ペリシテ人たちに対する態度を明らかにしないですんでいたのです。彼がヘブロンでユダの王となったことも、ペリシテ人たちには、ダビデがイスラエルの一部族の長となり、それによってユダ族もペリシテの傘下に入ったぐらいに思われていたのかもしれません。しかし全イスラエルがダビデのもとに結集し、彼を王としたとなれば、これは明らかに、ダビデのペリシテに対する裏切りです。ペリシテに対抗する敵となったことを内外に明らかにすることです。そこでペリシテ人たちは、裏切り者であるダビデを討ち取るために攻めてきたのです。王となったばかりのダビデは、早速強大な敵と直面しなければならなくなりました。これまで、士師の時代にも、サウルの時代にも、繰り返し戦い、しばしば打ち破られてきた敵です。最近では、サウルがその戦いに敗れて戦死し、大敗北を喫したところです。そのペリシテ人を打ち破らなければ、王国の安定はないのです。 この戦いに際して、ダビデは、19節にあるように、主に託宣を求めました。主なる神様の指示を仰いだのです。神様は、「攻め上れ。必ずペリシテ人をあなたの手に渡す」と言われました。そのみ言葉に従って出撃したところ、彼はペリシテ軍を打ち破ることができました。しかし彼らはその敗北に懲りずにもう一度攻めてきました。ダビデは再び主に託宣を求め、今度は主は先の戦いとは違う戦法で攻撃することをお命じになりました。ダビデはそのとおりにし、ペリシテ人を徹底的に撃ち滅ぼすことができたのです。危機に際して、主の託宣、み言葉を求める、それはダビデがこれまでも繰り返ししてきたことです。ダビデは常に、主なる神様に聞き、そのみ言葉によって強められ、歩むべき道を示されていったのです。その結果、彼の王国の土台はますます固く据えられていったのです。 ダビデはこのように、イスラエル王国の基礎を固め、それを揺ぎないものとするためにいろいろな働きをしました。エルサレムを首都とすることにおいて、特定の部族が支配するのではない新しい王国の体制を示し、全部族の結束をはかりました。それは彼の政治的な慧眼でした。また彼はペリシテ人を打ち破り、国を脅かす脅威を取り除きました。軍事的にも国をしっかりと守ったのです。そのように、政治的、軍事的に王国の基礎を固めていったダビデでしたが、なおもう一つ彼がしたことがあります。それが、本日朗読された第6章1節以下に語られていることです。ここには、ダビデが、神の箱をエルサレムに運び上げようとした、ということが語られています。2節に、「ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱」とあります。それは、モーセが神様から授かった、十戒を刻んだ石の板を収めた箱であり、その蓋の上には、ケルビムと呼ばれる天使のような怪獣のようなものが向かい合って翼を広げた姿があり、そここそが主なる神が人間と出会われる場であると言われていたものです。この神の箱のことは、サムエル記上の4〜7章にかけて語られていましたが、その後は出てきていませんでした。その4〜7章には、イスラエルの人々が、ペリシテとの戦いにおいて、当時シロという所に安置されていた神の箱を戦場に担ぎ出し、それによって神様の助けを得ようとしたこと、しかしその戦いに敗れ、ペリシテ人に神の箱を奪われてしまたことが語られていました。ペリシテ人は勝ち誇って神の箱を自分たちの神であるダゴンの神殿に置きましたが、朝になると、ダゴンの像が神の箱の前にうつぶせに倒れているのです。そういうことが繰り返され、またその箱の置かれた町の人々に災いが下されたりしたので、ペリシテ人は恐れ、この箱をイスラエルに返すことになりました。それでイスラエルに戻された神の箱は、キルヤト・エアリムという町に置かれたと7章1節にあります。神の箱はそれ以来ずっと、キルヤト・エアリムに置かれていたのです。その後、サウルが王となりましたが、サウルはこの箱のことには全く関心を持っていなかったようです。その箱に、新しく王となったダビデが目をつけました。彼はこの神の箱を、エルサレムに運び上り、そこに安置しようと考えたのです。そのために彼は精鋭三万を引き連れて行きました。「バアレ・ユダ」から出発したとありますが、それはキルヤト・エアリムの別名であると考えられます。 このダビデの計画は、彼が、イスラエル王国の統治ということについて、サウルの持ち合わせていなかった鋭い感覚を持っていたことを示しています。彼は、イスラエル王国の統治には、政治的、軍事的手腕に加えて、もう一つのことが必要であると考えたのです。それは宗教的な中心ということです。イスラエルの民が本当に一つとなり、国としてまとまっていくためには、主なる神様を信じ、従っていく信仰における一致が必要であり、その信仰の中心地が首都エルサレムに置かれることが必要である、それがダビデの思いでした。そのためには、神の箱、契約の箱とも呼ばれ、主なる神様とイスラエルの民の、エジプトの奴隷状態からの解放の恵みに基づいて結ばれた契約の印であり、イスラエルの人々が神の民として生きるための基本を教える十戒の石の板を収めた箱、そこにおいてこそ主なる神様とお目にかかることができると考えられていたその箱を、王国の新しい中心であるエルサレムに安置することが最も有効なのです。このことに思い至ったダビデはやはり王の中の王、イスラエルの王として本当に相応しい人だったと言うことができるでしょう。 けれども、神の箱をエルサレムに運び上げるその途中で、恐ろしい出来事が起りました。神の箱を載せた車を牛に引かせ、ウザとアフヨという兄弟がその傍らで車を御していったのですが、ある所で牛がよろめき、車がたおれて神の箱がすべり落ちそうになったのです。ウザはとっさに手を伸ばして箱を押さえ、それが落ちるのを防ぎました。それは私たちの感覚からすれば、当然のことです。大切な神の箱が落ちて壊れたり、傷ついたりしてはならない。そう思って箱を押さえ、落ちるのを防いだウザの働きは、あっぱれよくやったと賞賛されてしかるべきものだと私たちは思うのです。ところが、主なる神様はこのウザの行為に対して怒りを発し、彼はその場で神に打たれて死んだとあります。神の箱を守ろうとしたウザは、逆に神の怒りをかって撃ち殺されてしまったのです。これは私たちにとっても衝撃的な話です。神様それはちょっとひどすぎるんじゃないか、とつまずきを覚えずにはおれない話です。いったい神様は何故こんなことをなさるのでしょうか。このウザの死は私たちに何を語りかけているのでしょうか。 一つ明らかなことは、この出来事によって、神の箱に対する恐れの思いが全ての人々に及んだということです。先ほど申しましたように、この神の箱はしばらくの間ペリシテ人の手に渡っていました。何故そんなことが起ったかというと、イスラエルの人々が、戦場にそれを担ぎ出したからです。これを担いで戦争に臨めば、神様が共にいて助けてくれるに違いないと思ったのです。それは、神の箱を、ひいては神様ご自身を、自分たちの都合のよいように担ぎ出そうとする思いです。お守りを懐に入れて、それで安心を得ようとするのと同じです。それは、神様に対する恐れを決定的に欠いたことでした。先日テレビで、陰明師と呼ばれる人が、スタジオにいる人たちに神を下らせ、神がかりにする、というのをやっていました。呪文を唱えていると何人かの人たちの体が震えてきて、意識がなくなってしまうのです。「この人たちは今神がかりになっています」と彼は説明していました。そして彼が今度は「神送り」というのをすると、その人たちは正気に戻るのです。それを見ていて、この人にとって神様というのは、自分が自由に連れて来たり送り返したりすることのできるペットのようなものだなと思いました。そこには、ある恐怖はあっても、本当の意味で神様を恐れる思いはありません。イスラエルの人々も、神の箱に対して、そのような思いを抱いてしまったのです。その結果それを敵に奪われてしまったのでした。今ダビデが、神の箱をエルサレムに運び上げようとしている、そのことも、ともすればそれと同じことになってしまうでしょう。神の箱を、神様を、王国の一致のための手段として用いていく、自分の王権の基盤を固めるために利用していく、そういう思いがダビデの中になかったとは言えないと思います。ウザが撃ち殺された出来事は、そのようなダビデに、神の箱に対する、その所有者であられる主なる神に対する、恐れの思いを呼び起こしました。9、10節にあるように、このことによってダビデは、神の箱を自分の町つまりエルサレムに運び入れることを一旦やめにしたのです。神の箱をエルサレムに安置することが王国の統治において非常に有効だと考えたその自分の思いを一旦白紙に戻さざるを得なかったのです。王国を安定的に統治するための宗教政策としてはそれは確かに有効な慧眼です。しかしそこに主なる神様への恐れの思いが欠落してしまうなら、信仰が、神様のことが単なる政策になってしまうなら、それはとんでもないことであり、滅びを招くことになる、ダビデはそういう警告をこの出来事に聞き取ったのです。 この恐ろしい出来事はダビデにとってはこのような意味を持っていたと思います。それでは、当のウザにおいてはどうだったのでしょうか。彼は、神の箱が車から落ちるのを防ぐために手を伸ばしたのです。神の箱はそのように直接手をふれることが許されていないものです。彼はその禁を破ってしまったために撃ち殺されたのでした。しかしそれは繰り返し言っているように、神の箱を守るためです。何か悪さをしようとしたのならともかく、守ろうとして触れたことで撃ち殺されてしまうとはどういうことでしょうか。私たちはそれを全く理不尽なことのように感じるのですが、しかしここでよく考えなければなりません。神の箱を守る、とはどういうことでしょうか。神の箱は、先ほど読んだように「ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱」です。つまり万軍の主なる神様ご自身と等しい存在なのです。それを人間が守るとはどういうことか。そんなことがそもそもできるのでしょうか。ペリシテ人に奪われた神の箱がイスラエルに戻って来た。それはイスラエルの人々が必死になって神の箱を奪還したということでしょうか。神の箱はイスラエルの人々によって敵の手から守られたのでしょうか。そうではありません。神の箱は、その箱自身の持っている力で、ペリシテ人たちの偶像をひれ伏させ、彼らに恐れを抱かせて、言ってみれば自分で戻って来たのです。神の箱を守ったのは、人々ではなく、神様ご自身だったのです。神の箱を、神様を、人間が守ろうとする、そのこと自体が、とんでもない思い上がりなのです。別の言い方をすればそれは、神様を、人間が守らなければならないような存在へと貶めている、神様に対する冒涜なのです。そのことが語られているのが、本日共に読まれた新約聖書の箇所、使徒言行録第17章16節以下の、パウロのアテネでの説教です。パウロは、アテネの町のいたるところに偶像の祭壇があり、その中には「知られざる神に」と刻まれた祭壇まであるのを見て、「あなたがたが知らずに拝んでいる方をお知らせしよう」と言って、天地万物をお造りになったまことの神のことを語っていったのです。その中で彼はこう言っています。24節以下を読んでみます。「世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです」。生けるまことの神様は、人間が手で造った神殿にお住みになるような方ではない。つまり、人間に家を建ててもらわなければならないような方ではないのです。「また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません」。人間が神様の必要を満たしたり、何かをして助けたりしないと神様が困る、というようなこともないのです。そんなことをするのは、神様を、人間が造った偶像のレベルに貶めることだ。多数の偶像を拝んでいるあなたがたは、実はそのように神様を人間以下の存在に引き下ろしてしまっているのだ、とパウロは語っているのです。私たちも、これと同じことを知らず知らずのうちにしてしまうことがあります。「神様のため」と思ってしていることが、実は神様を自分以下の位置に引き下ろしてしまっていることだ、ということがあるのです。例えば、聖書に書いてあるこんなことは現代の人々にはとても受け入れられないから、この部分は省いた方がよいと思ってみたり、教会のこの教えはわかりにくいからもっとわかりやすく変えた方がよいと思ってみたり、それは結局自分の思いを神様よりも聖書よりも上に置いて、それによって神様や聖書を裁いていくようなことになるのです。あるいは、自分ががんばって立派な人になることによって神様が栄光をお受けになると考えたり、逆に自分が立派にならないと神様が恥を受けるように思ってしまったりするのもそれと同じことかもしれません。いずれにしても、神様を、私たちが助けなければ栄光を受けることができない存在にしてしまっているのです。ウザが神の箱に手を伸ばしてそれを押さえたということには、そのような意味が見つめられているのです。 私たちは、神様に対する正しい恐れの感覚を養っていかなければなりません。神様は、私たちが自由に引き出しから出したりしまったりすることができるような、私たちが利用することができるような方ではないのです。しかしその神様への恐れの感覚を持つことは、だから私たちは神様のためにいつも何かよいことをしなければならない、悪いことをしてはならない、という思いをもって生きることとは違います。「正しい」恐れの感覚を養わなければならないというのはその点です。私たちが、神様のために、神様を助ける者として何かをすることができる、しなければならない、というのは、「正しい」恐れの感覚ではないのです。それはむしろ人間の思い上がりです。まことの神様は、私たちが何かをして助けなければならないような方ではないのです。私たちが何かをしたから困ってしまうような方でもないのです。神様は、私たちが何をしようとしまいと、神であられ、その栄光を保っておられ、そしてパウロが言っているように、「すべての人に命と息とその他すべてのものを与えて下さる」のです。神様が与えて下さったのは、私たちの命や、私たちが持っている様々なものだけではありません。神様は、その独り子イエス・キリストを与えて下さり、その十字架の死と復活とによって、救いのみ業を成し遂げて下さり、私たちを、その恵みにあずかる者として下さったのです。私たちは、この恵みの神様を、助けることができるような者ではありません。恵みを感謝していただくのみです。そしてその感謝のうちに、神様を心から敬い、恐れかしこみつつ、礼拝しつつ生きるのです。それが、私たちが養うべき神様への正しい恐れの感覚なのです。
牧師 藤 掛 順 一 |